たやす)” の例文
もっとのぼりは大抵たいていどのくらいと、そりゃかねて聞いてはいるんですが、日一杯だのもうじきだの、そんなにたやすかれる処とは思わない。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前にも云つたやうに、将軍の一行には蘭方医と漢方医とが相半あひなかばしてゐた。其人物の貫目より視ても、両者はたやす軒輊けんちすべからざるものであつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかし王荊公が波はすなわち水の皮と牽強こじつけた時、東坡がしからば滑とは水の骨でござるかとり込めた例もあれば、字説つねたやすく信ずべきにあらずだ。
むかし母に手をかれて祭を見し貧家の子幸さちありといはんか、今ボルゲエゼ家の賓客となりて歸れる紳士幸ありといはんか、そはたやすく答へ難き問なるべし。
うちの様子をうかがふに、ただ暗うしてしかとは知れねど、奥まりたるかたよりいびきの声高くれて、地軸の鳴るかと疑はる。「さてはかれなほ熟睡うまいしてをり、このひまおどり入らば、たやすく打ち取りてん」
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
今の若い女子にこれ位の自負もないのは口惜しゅう御座います。光源氏の恋人になろうと申すのと、つたない絵や音楽にだまされて、沢山の女学生や夫人までがたやす電小僧いなずまこぞうの情婦になるのとは大変な相違です。
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
細木香以ほそきかういが治を請うた時、榛軒は初めたやすく応ぜなかつた。しかし切に請うて已まぬので、遂に門人石川甫淳ほじゆんをして治療せしめた。石川は榛軒門人録に「棚倉」と註してある。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
さりとて君は世俗のいふ魔窟に、まことに魔ありとは、よも思ひ給はじ。醫師。そはたやすく答へまつるべうもあらぬ御尋なり。自然は謎語なぞ鉤鎖くさりにして吾人は今その幾節をか解き得たる。
教則は文部省がたやすく認可せぬので、往復数十回をかさね、とうとう保の在職中には制定せられずにしまった。罰則は果して必要でなかった。一人いちにん詿違者かいいしゃをもいださなかったからである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
否、マリアはさて置き、何人をも我は終身めとらざるべし。友。そは又たやすくは信じ難き豫言なり、おん身にふさはしからで我にふさはしかるべき豫言なり。好し、さらばわれ君と誓はん。
しかし先代勝三郎の門人は杵勝同窓会を組織していて、技芸の小三郎より優れているものが多い。それゆえ襲名の事はたやすく認容せられなかった。小三郎は遂に葛藤かっとうを生じて離縁せられた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
然れば無罪にして士分の取扱をも受くべき筈である。それを何故に流刑に処せられるか、その理由を承らぬうちは、たやすくおうけが出来難いと云うのである。目附は当惑の体で云った。不審はもっともである。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
初め志保は思ふ所あるものの如く、たやすく口を開かなかつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)