衣川ころもがわ)” の例文
村は名高い衣川ころもがわに在りますが、その一番奥の増沢ますざわという村落であります。山に包まれた寒村ですが、ここで今も忙しい仕事が続きます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
とすぐにかみをつけました。これはいくさ場所ばしょがちょうど衣川ころもがわのそばの「ころもたて」というところでしたから、義家よしいえ貞任さだとう
八幡太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それは衣川ころもがわの役を主題としたもので、源義家と安倍貞任あべのさだとうとが戦中に立て引きをする処、……例の、衣のたてはほころびにけりという歌の所であります。
衣川ころもがわくいしばった武蔵坊弁慶の奥歯のようなやつをせせりながら、店前みせさきで、やた一きめていた処でございましてね。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
己は衣川ころもがわの家で、袈裟と一つ部屋の畳へ坐った時、既にこの未練がいつか薄くなっているのに気がついた。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
稲舟いなぶねって好い名だな。錦子さんでも好いけれど、最上川もがみがわがそばなのでしょう。みちのくというと、最上川だの、名取川だの、衣川ころもがわだの、北上川きたかみがわだのって、なつかしい川の名が多い。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それでは高館たかだて衣川ころもがわの昔話をするのに、甚だ勝手が悪かったわけである。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
衣川ころもがわといえば誰も歴史に覚えがあろう。近くの平泉ひらいずみ金色堂こんじきどうの名において、藤原三代の栄華えいがの跡を語っている。
陸中雑記 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そしておしまいに奥州おうしゅう衣川ころもがわというところで、義経よしつねのためににをしました。
牛若と弁慶 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
衣川ころもがわの口から渡が袈裟を得るために、どれだけ心を労したかを聞いた時、己は現にあの男を可愛かわゆく思った事さえある。渡は袈裟を妻にしたい一心で、わざわざ歌の稽古までしたと云う事ではないか。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
異人答えて曰く、もと修するの法なし、かつて九郎判官ほうがんに随従して高館にいるとき、六月衣川ころもがわつりして達谷たっこくに入る。一老人あり招きて食をきょうす。肉ありその色はしゅのごとく味美なり、仁羮じんこうと名づく。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
黒沢尻くろさわじりあたりでも見かけましたが、形が一番立派でかつ古格があるのは胆沢いさわ衣川ころもがわ増沢ますざわのものであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)