蘇芳すおう)” の例文
さっきの異人に負けず劣らずの大兵で、肩などはいわおのように盛りあがり、首筋はあくまでも赤く、まるで蘇芳すおうを塗ったようであった。
重吉漂流紀聞 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
かぶせた半纏はんてんを取ると、後ろから袈裟掛けさがけに斬られた伊之助は、たった一刀の下に死んだらしく、蘇芳すおうを浴びたようになっております。
垂髫すいちょうのろうろうしさを以て、繊小な足跡を山上の火山灰に印したと聞いては、眉を描き、眼尻を塗り、蘇芳すおうに頬を染める女学生すらある今日に
女子霧ヶ峰登山記 (新字新仮名) / 島木赤彦(著)
栞をかかえている頼母の姿は、数ヵ所の浅傷あさでと、敵の返り血とで、蘇芳すおうでも浴びたように見えてい、手足には、極度の疲労つかれから来た戦慄ふるえが起こっていた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
女は急に手足がすくむように覚えた。そうして女は殆どわれを忘れて、いそいで自分の小さな体を色のめた蘇芳すおうの衣のなかに隠したのがっとのことだった。
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そして何時いつも一人が蘇芳すおうの色なら別の一人も、それに似た衣をきることも、何と似かようた二人であったろう、それに、橘一人に通うということにも、いまは
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
山吹、濃い蘇芳すおう
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
年のせいで咽喉の皮膚がたるみ、酒焼けなのか潮焼けなのか、首が蘇芳すおうでも塗ったように赤いので、そのへんが七面鳥の喉袋のどぶくろみたいにみえる。
復活祭 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
人垣は物の崩れるように、ゾロゾロと倒れているお菊の方に移りましたが、蘇芳すおうを浴びた虫のようにうごめ断末魔だんまつまの娘をどうしようもありません。
と鎧に立つところの矢、十六筋を立てたまま、全身蘇芳すおうの色に染まった彦四郎義光は、がばと坐り
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
蘇芳すおう紫苑しおんの同じお好みにございます。そしてただひと目だけでもお目もじにあずかりたいとお互に申しておられます。何とぞ、ひと目だけお目にかかられますよう。」
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
蘇芳すおうをまきちらしたようなおびただしい血のあとを、たわしに灰をつけて、ひっそりと洗いつづけるのだった……
金狼 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
三助の丑松はそれを少し退かせて、油障子の天窓そらまどから入る、午後の陽を一パイに石榴口から入れて見ると浴槽の中は、さながら蘇芳すおうを溶いたよう、その中に
次の夕方に一人が蘇芳すおうの色の濃い衣をきてくれば、べつの若者はまたその次の日の夕方には、藤色とも紫苑しおんの色にもたぐうような衣をつけ、互の心栄こころばえに遅れることがなかった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
蘇芳すおうか何かで染めるんだな」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
嘗て、山形藩随一の使い手と言われた腕は、異常な興奮に冴え返って、触るる者悉く斬って、自分も満身の返り血に蘇芳すおうを浴びたようになってしまいました。
十字架観音 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
お余野は尻ごみするから、あっしが飛んで行って起してやると、それがお萩で、頭を打ち割られて、全身蘇芳すおうを浴びたようになって居ましたが、もう虫の息もありません。
二人とも薄傷うすでを負ったらしく、山浦丈太郎はわけても、頬や腕のあたりにかすり傷を受けましたが、蘇芳すおうを浴びたようになり乍ら、気力を励まして、必死ひっしと切り結びます。
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
刺された拍子に転げ込んだものと見えて、下水の中は蘇芳すおうを流したようになっております。
そのうちの幾つかはひさしの下にハミ出して、それが、お安の頭を打ったのでしょう、わけても、沢庵たくあんの重しほどの三四貫もあろうと思われる御影の三角石は、蘇芳すおうを塗ったようにあけに染んで
右手に持ったのは、銀紙貼りの竹光、それははすっかいに切られて、肩先に薄傷うすでを負わされた上、左の胸のあたりを、したたかに刺され、蘇芳すおうを浴びたようになって、こと切れているのでした。
あの玄翁は両手で振りおろしたのじゃない。両手で使ったら、血飛沫で全身蘇芳すおうを浴びたようになるはずだ。——あれは二枚屏風びょうぶを小楯に、片手で打ちおろしたんだ。お前も屏風一面に飛沫しぶいた血を
晴着らしい単衣ひとえの胸から腰まで蘇芳すおうを浴びたようになって、左顎の下へ、斜めに開いた瘡口きずぐちは、それほど大きいものではありませんが、ようやく脂の乗って来た豊満な大年増の顔は、ろうのように蒼ざめて
しんの臓をえぐられて、蘇芳すおうを浴びたようになって死んで居る
銭形平次捕物控:239 群盗 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)