薄倖はっこう)” の例文
年取って薄倖はっこうりょうの母すらも「亮は夭死ようしはしたが、これほどまでに皆様から思っていただけば、決してふしあわせとは思われない」
亮の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
だが、そのうちにも何としても堪え難い目に遭ってつく/″\身の薄倖はっこうを嘆かずにはいられなくなりました。それはこうです。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
『新著百種』について憶出おもいだされるは薄倖はっこうの作家北村三唖きたむらさんあである。三唖は土佐の生れで、現内閣のバリバリで時めいてる仙石貢せんごくみつぐ親戚しんせきである。
たまに廊下などですれ違うと、かるく目礼して、眼を伏せて急ぎ足で行ってしまう。不幸の重荷を背負っているような薄倖はっこうな感じのひとだった。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
人のいい父親と弱々しく情愛の深い母親とを持ったこの身は、生まれながらにしてすでに薄倖はっこうの運命を得てきたのである。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
姫君がいるためにたまさかにたずねてくれる源氏が、立ち寄ってくれることもなくなるのではないかとも煩悶はんもんされて、結局は自身の薄倖はっこうを悲しむ明石であった。
源氏物語:19 薄雲 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そして二三年同棲どうせいしているうちに、一子を設けたが夭折ようせつさせた。請地にある上条氏の墓のかたわらに、一基の小さな墓石がある。それがその薄倖はっこうな小児の墓なのであった。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そして、恐らく法水との約束を果そうとしたことが、事件中一貫して、不運を続け来ったこの薄倖はっこうの処女に、最後の悲劇をもたらせたのではないかと推測されたのである。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
傷ましき時代が産みたる薄倖はっこうの詩人がいにしえの名所をとむらう最後のうちの最後の声たらしめよ。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
時に、残月、光ひややかに、白露は地にしげく、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。人々は最早、事の奇異を忘れ、粛然として、この詩人の薄倖はっこうを嘆じた。李徴の声は再び続ける。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
また五十も過ぎて身寄りとはことごと仲違なかたがひをしてしまひ、子供一人ない薄倖はっこうな身の上を彼女自身潜在意識的に感じて来て
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
宮は悲しくてお自身の薄倖はっこうであることをお思いになるのであったが、非常にいたわしい御様子に見えた。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼女達の薄倖はっこうな生活を芝居でも見るように、上から見下みおろしてよろこぶのだと誤解せられるような事は、出来得るかぎり之を避けたいと思った。それには身分を秘するより外はない。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「じゃ、千手もまだ重衡の薄倖はっこうな運命に同情できるみずみずしい情緒のある年頃だったというわけね」
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
派手な一行が浪速を通って行くのを見ても、女は自身の薄倖はっこうさばかりが思われて悲しんでいた所へ、ただ少しの消息ではあるが送られて来たことで感激して泣いた。
源氏物語:14 澪標 (新字新仮名) / 紫式部(著)
伯母も身うちには薄倖はっこうの女で、良人おっとには早く死にわかれ、四人ほどの子供もだんだん欠けて行き、末の子の婚期に入ったほどの娘が一人残って、塾の雑事をまかなっていた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
自身の薄倖はっこうであることが悲しみの根本になっていて、捨てて行く恨めしい源氏がまた恋しい面影になって見えるせつなさは、泣いて僅かにらすほかはどうしようもない。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
源氏のく琴のが浦風の中に混じってほのかに聞こえて来た時、この寂しい海べと薄倖はっこうな貴人とを考え合わせて、人並みの感情を持つ者は皆泣いた。大弐は源氏へ挨拶あいさつをした。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
自分は飽くまでも薄倖はっこうな女である、父君に自分のことが知られる初めにそれを聞く父君は、もともと愛情の薄い上に、軽佻けいちょうな娘であるとうとましく自分が思われねばならないことであると
源氏物語:24 胡蝶 (新字新仮名) / 紫式部(著)
玉鬘は源氏に持たれる恋心を自身の薄倖はっこうの現われであると思った。
源氏物語:25 蛍 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それも皆自分が薄倖はっこうな女だからであるとも悲しんでいた。
源氏物語:14 澪標 (新字新仮名) / 紫式部(著)