蕭条せうでう)” の例文
旧字:蕭條
蕭条せうでうたる冬木立に接しては、これ以上、この峠で、皮膚を刺す寒気に辛抱してゐることも無意味に思はれ、山を下ることに決意した。
富嶽百景 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
その上今日けふはどう云ふ訳か、公園の外の町の音も、まるで風の落ちた海の如く、蕭条せうでうとした木立こだちの向うに静まり返つてしまつたらしい。
東洋の秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
富士神社を通過とほりすぎた頃、丑松は振返つて、父の墓のある方を眺めたが、其時はもう牛小屋も見えなかつた——唯、蕭条せうでうとした高原のかなたに当つて
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
間もなく汽車は蕭条せうでうたる一駅に着いて運転を止めたので余も下りると此列車より出た客は総体で二十人位に過ぎざるを見た、汽車は此処より引返すのである。
空知川の岸辺 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
船室は忽ちに嘔吐おうどの声氛氳ふんうんとして満ち、到底読書の興に安んじがたく、すなはちこの古帽と共に甲板に出れば、細雨蕭条せうでうとして横さまに痩頬そうけふを打ち、心頭りんとして景物皆悲壮、船首に立ち
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
一種蕭条せうでうたる松の歌ひ声を聞き乍ら。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
如何なる才人も諸君の為に門前払ひを食はされたが最後、露命さへ繋げぬのに違ひない。この故に尾形乾山は蕭条せうでうたる陋巷ろうかうに窮死した。
大久保湖州 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それは十一月のちかづいたことを思はせるやうな蕭条せうでうとした日で、湿つた秋の空気が薄いけぶりのやうに町々を引包んで居る。路傍みちばたに黄ばんだ柳の葉はぱら/\と地に落ちた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
道幅の莫迦に広い停車場通りの、両側のアカシヤの街樾なみきは、蕭条せうでうたる秋の雨に遠く/\煙つてゐる。其下を往来ゆききする人の歩みは皆静かだ。男も女もしめやかな恋を抱いて歩いてる様に見える。
札幌 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ああ、僕はあの貸本屋に何と云ふ懐かしさを感じるのであらう。僕に文芸を教へたものは大学でもなければ図書館でもない。正にあの蕭条せうでうたる貸本屋である。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
蕭条せうでうとした岸の柳の枯枝をへだてゝ、飯山の町の眺望ながめは右側にひらけて居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
同時にわたしは心の中にありありと其処そこを思ひ浮べた。あの蕭条せうでうとした先生の書斎を。
漱石山房の冬 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そのはてには、一帯の山脈が、日に背いてゐるせゐか、かがやく可き残雪の光もなく、紫がかつた暗い色を、長々となすつてゐるが、それさへ蕭条せうでうたる幾叢いくむら枯薄かれすすきさへぎられて、二人の従者の眼には
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)