臭気にほひ)” の例文
『穢多には一種特別な臭気にほひが有ると言ふぢやないか——嗅いで見たら解るだらう。』と尋常一年の教師は混返まぜかへすやうにして笑つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
暫時しばらく其処の暖炉ストーブにあたつて、濡れた足袋を赤くなつて燃えて居る暖炉ストーブ自暴やけこすり付けると、シユッシユッと厭な音がして、変な臭気にほひが鼻をつ。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
草津とし云へば臭気にほひも名も高き、其本元の薬湯を、ここにうつしてみつや町に、人のしりたる温泉あり。
上野 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
玉赤き蝋マツチする草のなかすでに蛍の臭気にほひむせべり
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
蝋の臭気にほひを吸ひ込める麺麭の匂ひの如くにも
ガソリンのむかつく臭気にほひ嗅ぎながら
都会と田園 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
「あれは何の臭気にほひだい。」
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
其手袋を鼻の先へ押当てゝ、ぷんとした湿気しけくさい臭気にほひを嗅いで見ると、急に過去すぎさつた天長節のことが丑松の胸の中に浮んで来る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
室には夜ツぴて点けておいた洋燈の油煙やら病人の臭気にほひやらがムツと籠つてゐた。お利代は洋燈を消し、窓を明けた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
四輪車の馬の臭気にほひのただよひに黄なる夕月
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ぬつと暖簾のれんを潜つて入つて、手に取つて見ると——それはすこし臭気にほひのするやうな、粗悪な洋紙に印刷した、黄色い表紙に『懴悔録』としてある本。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
鼻を刺す石炭酸の臭気にほひが、何処となく底冷そこびえのする空気に混じて、家々の軒下にはおびただしく石灰が撒きかけてある。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
お栄もまだ寝衣ねまきも着更へずに疲れて横に成つて居る。蒸される髪の臭気にほひもする。部屋の内の空気は何となく沈鬱だ。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
お利代の家の門口には「交通遮断」の札が貼られて、家の中は石炭酸の臭気にほひに充ち、軒下には石灰が撒かれた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
市街の大半を占めてゐる焼跡には、仮屋かりや建てののみの音が急がしく響き合つて、まだ何処となく物のくすぶ臭気にほひの残つてゐる空気に新らしい木の香が流れてゐた。
札幌 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
雨に打たれる塵埃ほこり臭気にほひは部屋の内までも入つて来た。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
今になつて考へて見ても随分好い感じのしないひとで、尻の大きい、肥つた、夏時などはそばへ寄ると臭気にほひのする程無精で、挙動ものごしから言葉から、半分眠つてる様な、小児心にも歯痒はがゆい位鈍々のろのろしてゐた。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)