自然おのずから)” の例文
一家ことごとく離散して、その跡は今や坂川牛乳店の荷車置場になっている。長唄の師匠と牛乳商ぎゅうにゅうや自然おのずからなる世の変化を示しているのも不思議である。
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
暗い寺院に肉食妻帯の厳禁を廃し、多くの僧尼の生活から人間を解き放ったというのも、虚偽を捨てて自然おのずからに帰れとの教えから出たことである。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
時に、露、時雨、霜と乾いて、日は晴れながらひさしの影、自然おのずからなる冬がまえ。朝虹の色寒かりしより以来このかた、狂いと、乱れと咲きかさなり、黄白の輪揺曳ようえいして、小路の空は菊の薄雲。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかしどうしても夢とは思えない、あきらめられない人間の世界にこそ、宗教が必要なのです。しかもこの人間味を、深く深く掘り下げてゆきさえすれば、自然おのずからに宗教の世界に達するのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
すべて物の自然おのずから溶け去りし後の如くなれば、人の造りしものともおもわれず、七宝所成にして金胎両部の蓮華蔵海なりなどいう法師らが説はさておき、まことにおのずから成れる奇窟なるべく
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
大きな自然おのずからふところの中にあるもので、盛りがあって衰えのないものはないように、一代の学問もまたこの例にはもれないのか。その考えが彼を悲しませた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「これぞ、自然おのずからなる要害、樹の根の乱杭らんぐい枝葉えだは逆茂木さかもぎとある……広大な空地じゃな。」
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あの宣長翁であったら、おそらく理を知り、理を忘れるところまで行って、言挙ことあげということもさらにない自然おのずからながらの古の道を一層明らかにされるであろう。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その手先が、心なしにちょいちょい触ると、僧の手首が自然おのずからはたはたと躍上おどりあがった。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この彼がたどり着いた解釈のしかたによれば、古代に帰ることはすなわち自然おのずからに帰ることであり、自然おのずからに帰ることはすなわち新しきいにしえを発見することである。中世は捨てねばならぬ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
函嶺はこねを絞る点滴したたりに、自然おのずからゆあみした貴婦人のはだは、滑かに玉を刻んだように見えた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御世みよ御世の天皇の御政おんまつりごとはやがて神の御政であった、そこにはおのずからな神の道があったと教えてある。神の道とは、道という言挙ことあげさえもさらになかった自然おのずからだ、とも教えてある。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それを笑うために出て来た人があの大人だ。大人が古代の探求から見つけて来たものは、「直毘なおびみたま」の精神で、その言うところをつづめて見ると、「自然おのずからに帰れ」と教えたことになる。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)