)” の例文
人麿歌集にある歌で、「児等こらが手を巻向まきむく山はつねなれど過ぎにし人に行きかめやも」(巻七・一二六八)と一しょに載っている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
次に右の御髮の輪にかれていた珠をお請けになつて囓みに囓んで吹き棄てる息の霧の中からあらわれた神はアメノホヒの命
かの紅き妻が守星もりほしさきの世に薄雲きぬ今もこもれり
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
また左の御手にかせる珠を乞ひ度して、さ齧みに齧みて、吹き棄つる氣吹の狹霧に成りませる神の御名は、活津日子根いくつひこねの命。
『鴨山の磐根しける吾をかも知らにと妹が待ちつつあらむ』(巻二、二二三)と咏み、その歌の次に、人麿が死んだ時、妻依羅よさみ娘子の作れる歌二首として
人麿の妻 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
き、放つ湯津爪櫛ゆづつまぐし
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
次にスサノヲの命が天照らす大神の左の御髮にいておいでになつた大きな勾玉まがたまの澤山ついている玉のをおけになつて
聖徳太子の歌に、「家にあらば妹が手かむ草枕旅にこやせるこの旅人たびとあはれ」(巻三・四一五)があった。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
かれその御子の生れましし地に名づけて、宇美といふ。またその御裳にかしし石は、筑紫の國の伊斗いとの村にあり。
また、「母刀自ははとじも玉にもがもやいただきて角髪みづらの中にあへかまくも」(同・四三七七)というのもある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
ここに大楯の連が妻、その王の玉釧を、おのが手にきてまゐけり。ここに大后いはの日賣の命、みづから大御酒のかしはを取一五らして、もろもろ氏氏の女どもに賜ひき。
左右に分けて耳のところに輪におきになり、その左右の髮の輪にも、頭に戴かれるかずらにも、左右の御手にも、皆大きな勾玉まがたまの澤山ついている玉の緒をき持たれて