空裏くうり)” の例文
今かりに大弾丸の空裏くうりを飛ぶ様を写すとする。するとこれを見るほうに二通りある。一は単に感覚的で、第一に述べたような場合に属する。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
沙翁さおうは指輪を種に幾多の波瀾はらんを描いた。若い男と若い女を目に見えぬ空裏くうりつなぐものは恋である。恋をそのまま手にとらすものは指輪である。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しんしんとして、木蓮もくれん幾朶いくだ雲華うんげ空裏くうりささげている。泬寥けつりょうたる春夜しゅんや真中まなかに、和尚ははたとたなごころつ。声は風中ふうちゅうに死して一羽の鳩も下りぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ漫然まんぜんとして空裏くうり飛揚ひようする愛であった。したがってお延の努力は、風船玉のようなお秀の話を、まず下へ引きりおろさなければならなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大患にかかって生か死かと騒がれる余に、幾日かの怪しき時間は、生とも死とも片づかぬ空裏くうりに過ぎた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
余は石甃いしだたみの上に立って、このおとなしい花が累々るいるいとどこまでも空裏くうりはびこさまを見上げて、しばらく茫然ぼうぜんとしていた。眼に落つるのは花ばかりである。葉は一枚もない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いかりの中心よりえがき去る円は飛ぶがごとくにすみやかに、恋の中心より振りきたる円周はほのおあと空裏くうりに焼く。あるものは道義の糸を引いて動き、あるものは奸譎かんきつかんをほのめかしてめぐる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)