磨墨するすみ)” の例文
「鮮かじゃ。鮮かじゃ。自得の馬術と思わるるがなかなか見事であるぞ。馬も宇治川先陣の池月いけづき磨墨するすみに勝るとも劣らぬ名馬じゃ」
だから一子景季かげすえが、名馬磨墨するすみを賜わって、宇治川へ臨んだのも、親の景時にたいする頼朝の信寵の現われであったといってよい。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この中に乗黄もあるべく、昭夜白も存すべく、はた未来の生唼いけずき磨墨するすみも活躍致すべく候へば、自今、馬を描くに於ては
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女のつけた振袖に、ふんたる模様の尽きて、是非もなき磨墨するすみに流れ込むあたりに、おのが身の素性すじょうをほのめかしている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かの宇治川の合戰に、梶原かぢはら磨墨するすみに乘り勝つて、殿が先陣の功名させられたも、一つはこの生月の働きぢやぞ。
佐々木高綱 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
この頃、頼朝は生食いけずき磨墨するすみという二匹の名馬を持っていた。この生食をしきりに欲しがったのは梶原源太景季かげすえである。梶原は頼朝に度々生食拝領を願い出たが
武州河越より平知盛たいらのとももりに進ぜしを河越黒、余りに黒い故磨墨するすみ、馬をも人をもいければ生唼いけずきなど、多く毛色産地気質等に拠って名づけたので、津国の浪速なにわの事か法ならぬ。
生月いけづき磨墨するすみ、漢の赤兎目せきとめもこれまでであろうと思われるような、威風堂々たる逸物であったが、岡郷介は驚きもせずひらりとばかりまたがるとタッタッタッタッと馬場を廻る。
郷介法師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
産馬の方では、佐々木四郎高綱の、宇治川の先陣のときの池月いけづき(生※)の話が最も有名でありますが、池月と並び称されている磨墨するすみもまた、南部三戸さんのへの産だったということであります。
だれでも知つているとおり、源太は頼朝が秘蔵の名馬生食いけずきを懇望したがていよく断られた。そしてそのかわりに生食には少し劣るが、やはり稀代の逸物である磨墨するすみという名馬を与えられた。
余裕のことなど (新字新仮名) / 伊丹万作(著)
わしの翼にかくれた竹童ちくどうのからだは、みるまに、望楼ぼうろうの屋根をはなれて、磨墨するすみのような暗天たかく舞いあがった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悍気かんきの立った生唼いけずき磨墨するすみも、水面みのもから立つ狂風に吹かれると、たてがみを強く振って、いななきぬいた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——が、生唼ではないぞ。生唼にまさるとも劣らぬ磨墨するすみのほうをつかわそう」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
梶原景季の磨墨するすみである。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)