にら)” の例文
他家へ牛蒡種の女が縁付いて、夫をにらむとたちまち病むから、閉口してその妻の尻に敷かれ続くというが、てっきり西洋の妖巫に当る。
自分は、をやらないから、とうとう死んでしまったと云いながら、下女の顔をにらめつけた。下女はそれでも黙っている。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
岸本は地団駄を踏んで、吸取紙を横にらみに睨んで、おかみの呼ぶ声に気を取られながら、腹立たしそうに呟いた。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
髪を長く伸し短い鬚をやして、下目勝しためがちに物をにらむような癖のあるその年若い医学士に、彼は急に感謝したくなった。そして種々な細かい注意事項を尋ねた。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
一ツ残りし耳までも扯断ちぎらむばかりに猛風の呼吸さへ為せず吹きかくるに、思はず一足退きしが屈せず奮つて立出でつ、欄をつかむで屹とにらめばそら五月さつきの闇より黒く
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
大兄は卑弥呼を揺ってにらまえた。が彼女は微笑しながら静に大兄の顔を見上て黙っていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
しかし博士はうつむきかげんに床をにらんで、靴で床を蹴りながら言いつづけた。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
こちらをにらんだりする。
曲者 (新字新仮名) / 原民喜(著)
勘次は秋三を一寸にらんだが、また黙って霜解けの湿った路の上へ筵を敷いて上から踏んだ。
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
くぎをさしつつ恐ろしくにらみて後は物云わず、やがてたちまち立ち上って、ああとんでもないことを忘れた、十兵衛殿ゆるりと遊んでいてくれ、我は帰らねばならぬこと思い出した
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
白くなりかけた髪の毛と赤黝い額と低い鼻とが一緒になって、その中から小さい鋭い眼がにらんでいた。壮助はそれらを一目に見て取った。そして全身にぞーっと冷水を浴びたような気がした。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
普通に邪視を以てにらみ詰めると、虫や鳥などが精神恍惚とぼけて逃ぐる能わず、蛇に近づき来り、もしくは蛇に自在に近づかれて、その口に入るをいうので、鰻が蛇に睥まれて、頭を蛇の方へ向けおよ
蕎麦屋そばやの小僧が頭に器物うつわものを載せて彼の方へ来た。彼はその器物を突き落とそうとしてにらみながら小僧の方へ詰め寄っている自分を感じた。小僧は眼脂めやにをつけた眼で笑いながら
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
欄をつかんできっとにらめばそら五月さつきやみより黒く、ただ囂々ごうごうたる風の音のみ宇宙にちて物騒がしく、さしも堅固の塔なれど虚空に高くそびえたれば、どうどうどっと風の来るたびゆらめき動きて
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
壮助は唇をかみしめ乍ら、室の隅をじっとにらんだ。其処には高利貸の古谷の顔が浮んでいた。幾度も執拗にやって来ては僅かの彼の俸給をさえ押えると云って脅かすそのでぶでぶと脂ぎった顔が。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
子は口をがらせて母の手の指をんだ。母は「痛ッ」といって手を引っこめた、そしてちょっと指頭ゆびさきを眺めてから「まアこの子ったら。」といった。子は黙って母をにらんでいた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
長羅は宿禰をにらんで肉迫した。たちまち広間の中の人々は、宿禰と長羅の二派に分れて争った。見る間に手と足と、角髪みずらを解いた数個の首とがおとされた。燈油の皿は投げられた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
訶和郎は垂れ下ったまま蜜柑の枝に足を突っ張って、遠くへ荷負になわれてゆく卑弥呼の姿をにらんでいた。兵士たちの松明は、谷間から煙のように流れて来た夜霧の中を揺れていった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
暫くすると、人々に腕を持たれた秋三は勘次をにらみ乍ら、裸体の肩口を押し出して
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
にらんだ。彼の着物の胸から腹へかけて鑵詰の汁が飛白かすりの白い部分を汚していた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
無いかをにらんだ静けさで、ひっそりと戸を閉めつづけている無気味さだ。
「こいつ、どうしたらええ奴やろ!」とお霜は秋三をにらんで云った。
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「馬鹿。」と末雄は笑いながらにらんだ。
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)