留針ピン)” の例文
見るとその男は両手を高くげて、こっちを向いておもしろい恰好かっこうをしている。ふと、気がついて、頭に手をやると、留針ピンがない。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その店のある階床フロアには固護謨ゴム製の品を山と積んだ卓子が沢山あった。櫛、腕輪、胸にさす留針ピン、安っぽい装身具、すべて言語に絶した野蛮な物である。
まぶたひとつ、唇ひとつ、うごかすこともできず、まるで顔がかさかさにあがって木になって、頭は留針ピンのあたまみたいに、縮まったような気がする。
ねむい (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼女の許婚いいなずけが戦争に出掛ける時、ブランシュは、彼に留針ピンを一本贈った。彼はそれを大事に取っておくと誓った。
ひげは一躍して紳士の域にのぼる。小野さんは、いつの間にやら黒いものを蓄えている。もとの書生ではない。えりおろし立てである。飾りには留針ピンさえ肩を動かすたびに光る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのまぶしい緑色の中に、ツイ今しがた発見した黒い、留針ピンの頭ほどの焼けげが
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
乃公はあんまり腹が立ったから、そっと起き出して、其奴の足を留針ピンつっついてやった。突いた時丈けは音なしくするが、少し経つと又直ぐに始める。それで乃公は五六度たり起きたりした。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
おそろしく細くて短かい綾織木綿あやおりもめんの白ズボンをはいて、なかなかった燕尾服をていたが、下からは、青銅のピストル型の飾りのついたトゥーラ製の留針ピンを挿したシャツの胸当むねあてが覗いていた。
残っているほうの手で、彼はその袖をつまみ上げ、二つに折って、きちんと肩のところへ留針ピンで留めた。
その一つは馬毛でつくった、簡単な袋みたいなもので、その内側にはてっぺんから、鼈甲製の留針ピンがぶら下り、これを頭上の短い丁髷ちょんまげにさし込んで、帽子が飛ばぬようにする。
ちょうど金屏風きんびょうぶに銀でいた松の葉のようにそっと落ちているアルミニウムの留針ピン
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
中には、鳥打帽の前庇を止める、金文字付きの留針ピンがズラリと並んでいる。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
牧師は矢張り例の長氏おさしであった。乃公は清水さんの後に坐って、背中にハンケチを留針ピンで附けてやったが、清水さんは一向知らないでいる。相変らずちょち、ちょち旦那さまをめ込んでいる。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「それなら、この留針ピンを持っていると、僕に運が向くって言うんでしょう」