溝川みぞがわ)” の例文
なま暖かく、おぼろに曇った春の宵。とある裏町に濁った溝川みぞがわが流れている。そこへどこかの貧しい女が来て、盥を捨てて行ったというのである。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
煉瓦塀れんがべいや小さな溝川みぞがわかえでの樹などが落着いた陰翳いんえいをもって、それは彼の記憶に残っている昔の郷里の街と似かよってきた。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
その草叢くさむらの中には、所々に小さな池や溝川みぞがわのようなものもあって、つりなどをしている人も見えた。今日こんにちでは郡部へ行っても、こんな風情は容易に見られまい。
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夫人 お待ちなさい、おじさん。(決意を示し、衣紋えもんを正す)私がお前と、その溝川みぞがわへ流れ込んで、十年も百年も、お前のその朝晩の望みを叶えて上げましょう。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
神札ふだだの、お水だの、仏壇だの、なんだの、すべては彼の眼にいまわしく見える物を、一抱えも持って行って、溝川みぞがわごみのように打ちすててしまった時に、平次郎は
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三門みかどの町を流れる溝川みぞがわの水も物洗うには、もう冷たくなり過ぎているであろう。
草紅葉 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
山上樹木欝葱うっそうたる上に銀河の白くかかりたる処、途上に人とはなしながらふと仰向けば銀河の我首筋に落ちかかる処、天の川を大きく見ず、かへつて二、三尺ほどの溝川みぞがわの如く見立てたる処
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
いつ見てもそうときまっていて、その顔つきには表情の変化が現われて来ない。後から聞けば、その叔母はどうしたわけか結婚して間もなく、裏の溝川みぞがわに身を投げた。気がふれたのだという。
溝川みぞがわに何とる人や五月雨
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
かつ溝川みぞがわにも、井戸端にも、傾いた軒、崩れた壁の小家こいえにさえ、大抵たいてい皆、菖蒲あやめ杜若かきつばたを植えていた。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「それ、溝川みぞがわだぞ。はまるな」
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)