涕涙ているい)” の例文
しかるをなお強いて「戯れに」と題せざるべからざるもの、その裏面には実に万斛ばんこく涕涙ているいたたうるを見るなり。ああこの不遇の人、不遇の歌。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
毎晩、娘の部屋をひそかに訪問して、跪ずき、涕涙ているいし、合掌して懇願していると消息通の噂になっていたほどだ。
これをかゆとしまた鰹節かつぶし煮出にだしてもちうれば大に裨益ひえきあればとて、即時そくじしもべせておくられたるなど、余は感泣かんきゅうくことあたわず、涕涙ているいしばしばうるおしたり。
只何故とも知らずに「涕涙ているいこぼるる」である。こうなると報酬の念が出なくなる。近代文化の大禍害を癒やし得る最上の良薬はこの無報酬の念でなくてはならぬ。
僧堂教育論 (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
彼らが題せる一字一画は、号泣ごうきゅう涕涙ているい、その他すべて自然の許す限りの排悶的はいもんてき手段を尽したるのちなおく事を知らざる本能の要求に余儀なくせられたる結果であろう。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれど、それは、純友の十八番おはこなのだ。酔えば必ず出る語気や涕涙ているいであって、叡山の日と限ったことではない。ひとつの慷慨癖こうがいへきだろうくらいに将門は受けとっていた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人の間に実在的な交渉を否認してただ関係的エコノミカルな交渉にしてしまわなければならなかった。これはじつに私には痛刻きわまりなき悲哀であり、苦痛であり、寂寞であり、涕涙ているいであった。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
また俗間ぞくかんの伝説では、昔一女子があって人をおもうてその人至らず涕涙ているい下って地にそそぎ、ついにこの花を生じた。それゆえ、この花は色があでやかで女のごとく、よって断腸花だんちょうかと名づけたとある。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
即ち、彼は卒然と、自分の小心を恥じて、その印綬をうけ、涕涙ているい再拝して
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さればこそ陳淏子ちんこうしの『秘伝花鏡ひでんかきょう』にも秋海棠の条下に「秋色中ノ第一ト為ス——花ノ嬌冶柔媚、真ニ美人ノ粧ニ倦ムニ同ジ」と賞讃して書き「又俗ニ伝フ、昔女子アリ人ヲ懐テ至ラズ、涕涙ているい地ニ洒ギ遂ニ此花ヲ生ズ、故ニ色嬌トシテ女ノ面ノ如シ、名ヅケテ断腸花ト為ス」
植物一日一題 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
こよい、秀吉を仰いで、涕涙ているいしている老人も少なくない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
金子重輔は、涕涙ているいして暫く、口をつぐんでしまった。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
涕涙ているいまぶたを衝き目くらみ
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)