水苔みずごけ)” の例文
代赭色たいしゃいろの小鉢に盛り上がった水苔みずごけから、青竹箆あおたけべらのような厚い幅のある葉が数葉、対称的に左右に広がって、そのまん中に一輪の花がややうなだれて立っている。
病室の花 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ぐるりは、水苔みずごけのついた軟かな土、ところどころに、埋れ木の幹が柱のようにみえている。三人は、それから足もとに気遣いながらじわりじわりと進んでいった。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その魚のあいばんだうろこには、のめのめな水苔みずごけえていて、どれだけ古く生きていたかがわかるのでした。
寂しき魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
岩魚もありはえ山女やまめもあった。みな九センチ以上の大きさで、河原に投げあげられると、それらは勢いよくはねながら、水苔みずごけの匂いをあたりにふりまくようであった。
おごそかな渇き (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ハッと、ただ一つでも、弱い呼吸をつくか、心にゆるみが起れば、途端にそのかかと水苔みずごけの底を滑って永久に帰れない冥途よみの激流へ送り込まれてしまうかも知れないのである。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれども壺穴つぼあな標本ひょうほんを見せるつもりだったが思ったくらいはっきりはしていないな。多少失望しつぼうだ。岩は何という円くなめらかにけずられたもんだろう。水苔みずごけえている。すべるだろうか。滑らない。
台川 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ぬるっと、触れた手には水苔みずごけがついてくる。と、遠くないところから折竹が答える声。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その日はひるまでに十八尾釣れた。鮠、山女魚、それにあゆもあった。釣鈎を口から外すとき、魚たちは彼の手の中で活き活きと暴れ、渓谷の水の冷たさと、つよい水苔みずごけの匂いをふりまいた。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
伊那丸いなまる忍剣にんけん智慧ちえをしぼって世の中からかくしておいた宝物ほうもつも、こうして、苦もなく発見されてしまった。まもなく梅雪入道の床几の前へ運ばれてきたものは、真青まっさお水苔みずごけさびたその石櫃いしびつ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
又之助が去ってほどなく、三寸ばかりのはやが釣れ、ついで二尾釣れた。金色を沈めた黒い肌がぬめぬめと光り、手の中でぴちぴち跳ねると、強く水苔みずごけにおいがした。甲斐はそれをみな水へ放した。