校庭こうてい)” の例文
みぎのような小規模しようきぼ地割ぢわれならば、大正十二年たいしようじゆうにねん關東大地震かんとうだいぢしんおいても經驗けいけんせられた。場所ばしよ安房國あはのくに北條町ほうじようまち北條小學校ほうじようしようがつこう校庭こうていであつた。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
ジョバンニが学校の門を出るとき、同じ組の七、八人は家へ帰らずカムパネルラをまん中にして校庭こうていすみさくらの木のところにあつまっていました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ちょうど、ガンがその上にきたとき、おおぜいの生徒せいとたちがならんで出てきて、たちまち校庭こうていにいっぱいあらわれました。
かねには吉彦よしひこさんがひとりついて、まち国民学校こくみんがっこう校庭こうていまでゆくことになっていた。そこには、ちかくの村々むらむらからあつめられた屑鉄くずてつやまがあるということだった。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
それは校庭こうてい南北なんぼく二條にじよう龜裂きれつして、其處そこから水柱みづばしら二三間にさんげんたかさに噴出ふんしゆつはじめたのであつた。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
平日へいじつ教場きようじよう出入しゆつにゆうするのとあまちがはない態度たいど校庭こうていあらはることが出來できたであらう。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)