はか)” の例文
しかしその華やかにして遠慮がちな新婚生活は、一心同体となって勇ましくも荊棘いばら多き人生行路を突き進まんには、余りにはかなき生活であります。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
セネカ若しおのが所見の根則を守りつゝも、詩を作りて快樂を寫さむとしたらましかば、そのはかなきさまいかなるべき。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかしそれ等は××にははかなさを感じさせるばかりだった。××は照ったり曇ったりする横須賀軍港を見渡したまま、じっと彼の運命を待ちつづけていた。
三つの窓 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「こんな風に、時々、諸方を歩いて、写しを取って来ては、書いておりますので、なかなかはかがゆきません」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大体土瓶の運命ははかないもので、口がこわれ、ふたれ、耳がもぎれ、それに火という敵と闘わねばなりません。その末路を芥溜ごみため溝泥どぶどろの中に見かけることは珍らしくありません。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
いや、矢張りはかない望みをかけながら、知人から知人へとうろつき廻っているのだろう。友木は考え直した。然し、それにしては遅過ぎる。事によったら自動車に——友木は気が気でなかった。
罠に掛った人 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
にあえかなる優目見やさまみのものはかなさは
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
おもえばはかないはなしである。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
これを無量寿仏むりょうじゅぶつなどと言いますが、実体の長と大と量とを説明すべくあまりにはかなき名であります。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
さればはかなくないとも申されまいな。が、われら人間が万法ばんぽうの無常も忘れはてて、蓮華蔵れんげぞう世界の妙薬をしばらくしたりとも味わうのは、ただ、恋をしている間だけじゃ。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
おれは酒も飲まずに小便をする。はかない身の上だといふやうな事を考へた。そのうち小便はいよいよ我慢出来なくなつた。併しここで小便をしたら、音がするだらう。雨も生憎少し小粒になつてゐる。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
御宸念ごしんねんのほど、ご無理はございませぬ、が、もし正成にみゆるしを給わるなら、正成自身、即刻、筑紫へ下向いたし、尊氏に会うて、きっと古今のへいを論じ、また、おろかなる戦乱のはかなさを説き
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
して見れば人間と云うものは、いくら栄耀栄華えようえいがをしても、はかないものだと思ったのです。
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
口では、いろいろに言いますものの、誰しも誤解された時くらい、世にもはかない気持ちはありません。心の底から腐って、生きる力も張合いもなくなるのであります。しかし、そのときです。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「一体世の中の恋と申すものは、皆そのようにはかないものでございましょうか。」と独りごとのように仰有いました。すると若殿様はいつもの通り、美しい歯を見せて、御笑いになりながら
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)