曾遊そうゆう)” の例文
新字:曽遊
ゆくてに高きは、曾遊そうゆうの八ヶ岳——その赤岳、横岳、硫黄いおう岳以下、銀甲つけて、そそり立つ。空は次第に晴れて山々もあざやかに現れる。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
その後著者は京都に移り住み、曾遊そうゆうの地をたびたび訪れるにつれて、この書をはずかしく感ずる気持ちの昂じてくるのを経験した。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
こういう甥の話は、三吉の心を木曾川きそがわの音のする方へ連れて行った。ふるい橋本の家は、曾遊そうゆうの時のままで、未だ彼の眼にあった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ここの篠村八幡は、彼が弱冠じゃっかんのときの曾遊そうゆうの地。また、彼が反北条の旗上げをした地。——思い出多い三度めの宿命地だった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この入院中、病院の先生たちをムリにひッぱりだして、曾遊そうゆうのパンパン街へ酒をのみに行った。パンパンは私を見ると、みんなゲラゲラ笑いだすのである。
安吾巷談:09 田園ハレム (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
悦子えつこよりもよろしく申上候田舎にありて曾遊そうゆうの地を思ひつづけをり候ままかつてとまりしホテルの紙を用ゐ候
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
私も奈良は曾遊そうゆうの地であるし、ではいっそのこと、せっかくのお天気が変らないうちにと、ほんの一二時間座敷ざしきの窓から若草山をながめただけで、すぐ発足した。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
われわれは草鞋旅行わらじたびをするあいだ、朝から晩まで苦しい、苦しいと不平を鳴らしつづけているが、人に向って曾遊そうゆうを説く時分には、不平らしい様子は少しも見せぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この地は曾遊そうゆうの馴染があって、その当時、藩の要路にも充分の懇意があったものですから、相当の気安さで旅行もできるし、また石巻、松島、塩釜、仙台の間は
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
読んで見たところで全然知らぬ土地が生き生きと感ぜられるような筆はまれだし、あるなつかしさから曾遊そうゆうの地に関したものを読むが、それはまたこっちが知っているだけにアラが眼につく
黒猫 (新字新仮名) / 島木健作(著)
その時たまたま記憶に甦って来た曾遊そうゆうのスコットランドの風景をしのぶ詩を二三行書くともなく書きとどめ、新刊の書物の数頁を読むともなく読み終ると、『いやに胸騒ぎがするな』とつぶやきながら
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
わたくしが或日偶然六阿弥陀詣の旧道の一部に行当って、たしかにそれと心付いたのは、この枯れかかった桜の樹齢を考えた後、静に曾遊そうゆうの記憶を呼返した故であった。
放水路 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すべてこの地方の平家遺蹟は、一昨年、飛騨から五箇山をこえて来た曾遊そうゆうの地だが、先ごろ五箇山の平家村の読者から、同地方につたわるコキリコ歌というのを知らせてよこした。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薄明るい星の光と夜の空気とを通して、私は曾遊そうゆうの地をもう一度見ることが出来た。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
曾遊そうゆう榛名はるな赤城あかぎの山々は、夕の空に褪赭たいしゃ色ににじんでいた。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
ただ曾遊そうゆうの地を愛したのみではあるまい。叔父次郎右衛門の家にあることを快しとしなかった故であろう。枕山は暫く房州北条の町外なる谷向村たにむかいむらの豪農鈴木氏の家に寄寓した。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それらのために、わたくしは今年昭和十一年の春、たまたま放水路に架せられた江北橋こうほくばしを渡るその日まで、指を屈すると実に二十有二年、一たびも曾遊そうゆうの地をおとなう機会がなかった。
放水路 (新字新仮名) / 永井荷風(著)