明暸めいりょう)” の例文
とここまで明暸めいりょうには無論考えなかったが、ただ坑夫と聞いた時、何となく陰気な心持ちがして、その陰気がまた何となく嬉しかった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
よし物理学者の分子に対するごとき明暸めいりょうな知識が、吾人ごじんの内面生活を照らす機会が来たにしたところで、余の心はついに余の心である。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
際立きわだって明暸めいりょうに聞こえたこの一句ほどお延にとって大切なものはなかった。同時にこの一句ほど彼女にとって不明暸なものもなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
写生文の存在は近頃ようやく世間から認められたようであるが、写生文の特色についてはまだ誰も明暸めいりょうに説破したものがおらん。
写生文 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小野さんの句切りは例になく明暸めいりょうであった。稲妻いなずまははたはたとクレオパトラのひとみから飛ぶ。何を猪子才ちょこざいなと小野さんの額を射た。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これでもまだ抽象的でよくお分りにならないかも知れませんが、もう少し進めば私の意味はおのずか明暸めいりょうになるだろうと信じます。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
答案が有力であるためには明暸めいりょうでなければならん、せっかくの名答も不明暸であるならば、相互の意志が疏通せぬような不都合に陥ります。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ことに困るのは、自分の動機を明暸めいりょうに解剖して見る必要にせまられない彼女の余裕であった。余裕というよりもむしろ放慢な心の持方であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
結果は明暸めいりょうであった。彼はようやく彼女を軽蔑けいべつする事ができた。同時に以前よりは余計に、彼女に同情を寄せる事ができた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もっともこの分け方の方が、明暸めいりょうで適切のように思われますから、双方違っていてもけっして諸君の御損にはなりません。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小野さんは自分のかんがえに間違はないはずだと思う。人が聞けば立派に弁解が立つと思う。小野さんは頭脳の明暸めいりょうな男である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小六は始めのうち何にも口を出さなかったが、だんだん兄夫婦の話を聞いているうちに、ほぼ関係が明暸めいりょうになったので
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ひまがあったら、この感じを明暸めいりょうに解剖して御目にかけたいと思うが今では、そこまでに頭が整うておりませんから一言にして不愉快な作だと申します。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
真を写す文学の特性はほぼこれで明暸めいりょうになりましたから、進んで善、美、壮を叙してこれに対する情操を維持しもしくは助長する文学の特性に移ります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また批評をしようとすれば複雑な関係が頭に明暸めいりょうに出てくるからなかなか「甲より乙が偉い」という簡潔な形式によって判断が浮んで来ないのであります。
中味と形式 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
徹頭徹尾明暸めいりょうな意識を有して注射を受けたとのみ考えていた余は、実に三十分の長い間死んでいたのであった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
心理学者の説によりますと、我々の意識の内容を構成する一刻中の要素は雑然尨大ぼうだいなものでありまして、そのうちの一点が注意にれて明暸めいりょうになり得るのだと申します。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
分りやすく明暸めいりょうになる代りにははなはだ単調にして有名なる風邪引き男が創造されてしまいます。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すべて一分間の意識にせよ三十秒間の意識にせよその内容が明暸めいりょうに心に映ずる点から云えば
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうしてできるだけ大きな声と明暸めいりょうな調子で、わたしは子供などに会いたくはありませんと云った。杉本さんは何事をも意に介せぬごとく、そうですかと軽く答えたのみであった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これに反して人のためになる仕事を余計すればするほど、それだけ己のためになるのもまた明かな因縁いんねんであります。この関係を最も簡単にかつ明暸めいりょうに現わしているのは金ですな。
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
頭脳が比較的明暸めいりょうで、理路に感情をぎ込むのか、または感情に理窟りくつわくを張るのか、どっちか分らないが、とにかく物に筋道を付けないと承知しないし、また一返いっぺん筋道が付くと
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
冒頭に述べた明治以前の道徳と明治以後の道徳とをちゃんと反射している事が明暸めいりょうになりましたから、我々はこの二つの舶来語を文学から切り離して、直に道徳の形容詞として用い
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
平生から繋続つなぎの取れない魂がいとどふわつき出して、実際あるんだか、ないんだかすこぶる明暸めいりょうでない上に、過去一年間の大きな記憶が、悲劇の夢のように、朦朧もうろうと一団の妖氛ようふんとなって
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昔は数学が好きで、随分込み入った幾何きかの問題を、頭の中で明暸めいりょうな図にして見るだけの根気があった事をおもい出すと、時日の割には非常にはげしく来たこの変化が自分にも恐ろしく映った。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
始めは「誰と?」と聞こうとしたが、聞かぬ前にいや「何時なんじ頃?」の方が便宜べんぎではあるまいかと思う。いっそ「僕も行った」と打って出ようか知ら、そうしたら先方の答次第で万事が明暸めいりょうになる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
道徳と文芸の関係は大体においてかくのごときものであるが、なお前にげた浪漫自然二主義についてこれらがどういう風に道徳と交渉しているかをもう少し明暸めいりょうに調べてみる必要があると思います。
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
青天白日の下にてのひらをさすがごとき明暸めいりょうなものでもいい——。
作物の批評 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)