放擲はうてき)” の例文
飯島いひじま夫人——栄子えいこは一切の事を放擲はうてきする思をしたあとで、子供を東京の家の方に残し、年をとつた女中のおつる一人連れて、漸く目的めあてとする療養地に着いた。
灯火 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
迷信は彼等を禁籠する囚宰しうさいとなり、弱志弱意は彼等を枯死せしむる荒野あれのとなり、彼等をして人間の霊性を放擲はうてきして、みづから甘んじて眼前の権勢に屈従せしむるに至りぬ。
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
あれほど深い自信のあるらしい芸術上の仕事などは忘れて、放擲はうてきして、ほんとうにこの田舎で一生をちさせるつもりであらうか。この人は、まあ何といふ不思議な夢を見たがるのであらう……。
へや片隅かたすみ放擲はうてきして置いた。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
しかれどもこの癖漢へきかん冷々れい/\たる苦笑くせうおこすのみなることしめし、實際家じつさいかいやしむのねんをあらはし、「でなくば生命いのちてんのみ。運命うんめい服從ふくじゆうし、百事ひやくじ放擲はうてきし」、云々しか/″\はつせしむるにいたる。
罪と罰(内田不知庵訳) (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
彼の蝗を捉へようとする身構へと手つきとを見る毎に、彼等は彼等自身が既に成功して居るも同然な虫を放擲はうてきして、主人の手つきを見つめたまま、何時までもその恵みを待ちうけて居るのであつた。