)” の例文
かん十二によって日をかぞえる習慣は、南方諸島でも存外ぞんがいに始まりが早く、必ずしも中世の交通によって、輸入せられたともきめてしまわれない。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
上半身に十二の内、、丑、寅、、辰、うまの七つまで、墨と朱の二色で、いともあざやかに彫つてあるのでした。
うしとらたつ、——と、きゃくのないあがりかまちにこしをかけて、ひとり十二じゅん指折ゆびおかぞえていた、仮名床かなどこ亭主ていしゅ伝吉でんきちは、いきなり、いきがつまるくらいあらッぽく
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「そんな事がわかるものか、俺は小泥棒を擧げに行つたんぢやねえ。十二ぐみ殘黨ざんたうが、何人來るか見に行つたんだ」
単に干支かんしが一致するという以上に、記録の上からも推定し得られ、また土地の人々が誰も彼も、十かん十二年繰としぐりを誤るということは有り得ないからである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と二行に書いて、その下に十二の寅が彫つてあります。