思慕しぼ)” の例文
「静御前」と云う一人の上﨟じょうろう幻影げんえいの中に、「祖先」に対し、「主君」に対し、「いにしえ」に対する崇敬すうけい思慕しぼの情とを寄せているのである。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
だんじて非なりと信ずるゆえに、たとえ当年とうねんの男伊達だての意気を思慕しぼするとはいえ、こんにちの男一匹は長兵衛そのままを写してなりとは思わぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
が、おせんのむねそこにひそんでいる、思慕しぼねんは、それらのうわさには一さいおかまいなしに日毎ひごとにつのってゆくばかりだった。それもそのはずであろう。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
と、口にはださないが、あつ思慕しぼをこめて、ジイッとみつめているうちに、思いもうけぬ邂逅かいこうじょうが、ついには、滂沱ぼうだなみだとなって目にあふれてくる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
というのは、われわれを高めるものは情熱であり、われわれの思慕しぼは常に恋愛ならざるを得ないからだ。——これがわれわれの喜びでもあり、はじでもある。
そんなにあくどい苦しみだとは、孝子には察しもつかなかったが、桜津が自分への思慕しぼだと、思いちがいをした、長恨歌の、夕殿蛍飛思悄然という句を選みだしたということには
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
未知の国を初めてまのあたりながめる感動と、あなたへの思慕しぼとがありました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
少くとも三吉の方から見れば、いかめしい大名の奥御殿おくごてんに住む姫君と母とは、ひとしく思慕しぼの対象になり得る。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「タッジオは病身なのだ。たぶん長生きはしないだろう。」とかれはまたしても、陶酔とうすい思慕しぼが時々奇妙に解放された結果おちいる、あの客観的な気持で考えた。
そして良人は、自分のことを思うていてくれているかしら、自分がこうして良人を思慕しぼしているように。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それはこの初老の男に、遠国と異郷への青年めいた思慕しぼをめざめさせた姿であった。
有りていに云うと、彼の青春期は母への思慕しぼで過ぐされたと云ってよい。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)