富士見ふじみ)” の例文
然し渡場わたしばいまこと/″\く東京市中から其の跡を絶つた訳ではない。両国橋りやうごくばしあひだにして其の川上かはかみ富士見ふじみわたし、その川下かはしも安宅あたけわたしが残つてゐる。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
震災は僕等のうしろにある「富士見ふじみの渡し」を滅してしまつた。が、その代りに僕等の前に新しい鉄橋を造らうとしてゐる。……
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
十露盤玉そろばんだま筆先ふでさき帳尻ちやうじりつくろふ溝鼠どぶねづみのみなりけん主家しゆか一大事いちだいじ今日こんにち申合まをしあはせたるやうに富士見ふじみ西行さいぎやうきめ見返みかへるものさへあらざれば無念むねんなみだ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
富士見ふじみにあるを内蔵うちぐらととなえ、蓮池はすいけにあるを外蔵そとぐらととなえたが、そのうち内蔵にあった一千万両の古金をあげてこの進発の入用にあてたというのを見ても
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この、喬之助、魚心堂、お絃の三人組と、天童利根太郎、鏡丹波をかしらに源助町から押して来た五十七名とが出会ったのが、瘤寺に近い富士見ふじみ馬場ばば、ソロソロ東が白もうという頃であった。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
中央線でいうならば、山梨県は小仏こぼとけのトンネルからはじまり、向うは日野春ひのはる富士見ふじみの二つの停車場ていしゃじょうのなかほどでおわるのだが、見て行くうちに屋根の形がいつの間にかまるでかわってしまう。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかし渡場はいまだことごとく東京市中からその跡を絶った訳ではない。両国橋を間にしてその川上に富士見ふじみわたし、その川下に安宅あたけの渡が残っている。
甲府こうふまで乗り、富士見ふじみまで乗って行くうちに、私たちは山の上に残っている激しい冬を感じて来た。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
流転るてんの相の僕をおびやかすのは「伊達様だてさま」の見えなかつたことばかりではない。僕は確かこの近所にあつた「富士見ふじみわたし」を思ひ出した。が、渡し場らしい小屋は何処どこにも見えない。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)