夜霞よがすみ)” の例文
がれてきた夕月の下は、あおいあおい夜霞よがすみだった。その遠くのほうで、木工助じじが歌うらしい、子守うたが聞こえていた。
夜霞よがすみのあるせいか、江戸川のくぼの向うに、いつもは近く見える矢来やらい天文櫓てんもんやぐらの灯が、今夜は、海のあなたほど遠く見える。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
月はあるが、月食げっしょくのような春のよい——たちこめている夜霞よがすみに、家もともしびも野も水も、おぼろおぼろとした夜であった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妖麗ようれい夜霞よがすみをふいて、三方みかたはら野末のずえから卵黄色らんこうしょく夕月ゆうづきがのっとあがった。都田川みやこだがわのながれは刻々こっこくに水の色をぎかえてくる、——あい、黒、金、銀波ぎんぱ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その夜霞よがすみの底に、江戸川の流れと関口の人家のが、チラ、チラと見えるほか、何物もなく何らの音もない、真にせきとしたおぼろおぼろの夜と帰しました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここは大山だいせんの麓といっていいほどだが、その大山の影も見えない夜霞よがすみたちの灯から物音までもおぼろにしていて
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小野の里は、夜霞よがすみのあとになって行く。急に、彼女の理性がうごいた。あまり人里遠くなってもいけないと。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜霞よがすみがたちこめていた。若葉の陰の月までが濡れている。四月九日の夜半、三条の大路に人影もない。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
という櫓韻ろいんが大川の夜霞よがすみに遠くなって行った頃です——やがて入れちがいに、二人が去った納屋の中に、ぽっと明りの影が射して、男姿のお蝶が黙然と坐っていました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黒い桜花はなの影が、障子に雲のようなを映していた。夜霞よがすみのしっとりと感じられる遠くには、櫓の音がする。船唄がながれて行く。——内匠頭夫人は、独りで坐っていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平和な夜霞よがすみにつつまれて、眠りに落ちていた村には、忽ち、消魂けたたましい夜鶏よどりの啼き声が起り、牛が鳴き、馬がいななき、老人としよりや子どもの泣きわめくのが、手にとるように聞えだした。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、夜霞よがすみは白く曳いて、戦いのある世とも思えぬほど、静かな春の夜に入っていた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
声は、幾つも、方々から聞えて来て、夜霞よがすみの果てへ流れてゆく。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜霞よがすみの小路の辻へ、うたいながら消えた。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)