夕涼ゆうすずみ)” の例文
夏のうち毎夜夕涼ゆうすずみに出あるいていた習慣くせがついているので、この時節になっても、夕飯をすますときまって外へ出る。
虫の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
七月の十五日は殊に魂祭たままつりの当日なれば、夕涼ゆうすずみより家を出でて独り彼処かしこに赴きけり。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「先生、それではもうそろそろお船の方へお移りを願いましょうか。お帰りは丁度夕涼ゆうすずみの刻限かと存じまして先ほど木挽町こびきちょう酔月すいげつへつまらぬものを命じて置きました。」
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
久留米の蚊飛白かがすり兵児帯へこおびして、少ししわになったつむぎの黒の紋着もんつきを着て、紺足袋を穿いた、鉄色の目立たぬ胸紐むなひもを律義に結んで、懐中物を入れているが、夕涼ゆうすずみから出懸けたのであろう、帽はかぶらず
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夕涼ゆうすずみに出掛けるにぎやかな人出の中にお糸はふいと立止って、並んで歩く長吉のそでを引き、「長さん、あたいもきあんな扮装なりするんだねえ。絽縮緬ろちりめんだねきっと、あの羽織……。」
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
幾個いくつと知れぬ町中まちなかの橋々には夕涼ゆうすずみの人の団扇うちわと共に浴衣ゆかた一枚の軽い女のすそが、上汐のために殊更ことさら水面の高くなった橋の下を潜行くぐりゆく舟の中から見上る時、一入ひとしお心憎く川風にひるがえっているのである。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)