唯事たゞごと)” の例文
「あの眼は唯事たゞごとぢやない、——寅藏の眼はお糸の姿ばかり追つかけて居るのに氣が付かないのかえ、——一國者の寅藏が生命いのちまでもと打込んだ眼だ」
他家よその子には唯事たゞごとのやうなそんなことも、遊山ゆさんなどの経験の乏しい私には、珍しくて嬉しくてならなかつたのです。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
いづれ唯事たゞごとならじと思へば何となく心元こゝろもとなく、水汲みていそぎ坊に歸り、一杖一鉢、常の如く都をさして出で行きぬ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
確、右舷が上陸する順番になつてゐたと思ひますが、それが皆、上甲板へ整列したと思ふと、今度は、突然、総員集合の喇叭が鳴りました。勿論、唯事たゞごとではありません。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
兎に角唯事たゞごとでないと云うので、城内では一閑斎を始め重立おもだった武将たちが寄り/\評定を凝らしたけれども、誰も好い加減な当て推量をするばかりだから、群議まち/\でらちが明かない。
おし開き立出たるは別人成ず彼の番頭ばんとうの久八なれば千太郎は大いにおどろかき置手早くうしろへかく素知そしらぬふりして居る側へ久八はひざ摺寄すりよせ是申し若旦那わかだんな暫時しばらくまち下さるべし如何にも御無念は御道理然共こゝせく時ならずさきより私し失禮しつれいながら主人の御容子ようす唯事たゞごとならずと心配しんぱいなしてふすまの彼方に殘らず始終しじう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「それつきりですが、こんな事を聽くと、旦那の死んだのは、唯事たゞごとでないやうな氣がします」
「お内儀さんは、若主人の重太郎の死に樣が唯事たゞごとでないといふ事を知つて居るだらうな」