唄声うたごえ)” の例文
霧の中から唄声うたごえが近づいて来た。馬をいた五郎吉である。彼はちらと侍たちのほうへあざけりの微笑をくれ、つんと鼻を突上げながら
峠の手毬唄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
降りるとたちまち、彼等の陽気な唄声うたごえが私の耳朶じだを打ちました。それもそのはず、彼等はわずか五六歩に足らぬところを、合唱しながら拍子を取って進んで行くのです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
取り乱した服装の女性嫉妬しっと化身けしんが二つ、あたりを見まわしながら無明の夜にのまれ去ると、あとには、立ち樹の枝に風がざわめき渡って、はなれに唄声うたごえがわいた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あるあきさむのこと、まちはずれのおおきないえ門辺かどべって、いえなかからもれるピアノのおとと、いい唄声うたごえにききとれていました。あまりに、そのおとかなしかったからです。
海からきた使い (新字新仮名) / 小川未明(著)
子狐はその唄声うたごえは、きっと人間のお母さんの声にちがいないと思いました。だって、子狐が眠る時にも、やっぱり母さん狐は、あんなやさしい声でゆすぶってくれるからです。
手袋を買いに (新字新仮名) / 新美南吉(著)
幾つかの船が唄声うたごえを立てながら沖のほうをぎまわっていた。形はほのかで鳥が浮いているほどにしか見えぬ船で心細い気がするのであった。上を通る一列のかりの声がかじの音によく似ていた。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
あの寝ざめの、麗音をなつかしみながら私はつぶやいた。町中に生れ育った私は、かごに飼われない小禽が、障子のそとへ親しんで来てきかせてくれる唄声うたごえを、どれほどよろこんでいたかしれない。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
霧の中を唄声うたごえが近づいて来たと思うと、やがて院内いんないのほうから、旅人を乗せた馬の口を取って、十四、五になる馬子が登って来た、——五郎吉ごろきち馬子と呼ばれて
峠の手毬唄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「おーかんけ おーかんけ」川下のほうへ遠のいていく唄声うたごえが聞えて来た、「おいなりさんのおーかんけ おぞーにとおーあげ おあげのだんからおっこって……」
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)