向鉢巻むこうはちまき)” の例文
泊っている荷舟にぶね苫屋根とまやねが往来よりも高く持上って、物を煮る青い煙が風のない空中へと真直まっすぐに立昇っている。鯉口半纏こいぐちばんてん向鉢巻むこうはちまきの女房がふなばたから子供のおかわを洗っている。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
飴細工の狸みた様で、取廻しの処へ銀拵ぎんごしらえの銅金どうがねの刀をし白地の手拭で向鉢巻むこうはちまきをして飛下とびおりると、ズーンと地響きがする、腕なぞは松のの様で腹を立ったから力は満ちて居る
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と、印袢纏しるしばんてんに、向鉢巻むこうはちまきをした留吉は、松の枝へ、一鋏ひとはさみパチリと入れながら云った。
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
雨も降らないのに、恐ろしく大きな傘を拡げて、その下で飴屋あめやさんが向鉢巻むこうはちまきで、大声でいい立てながら売っています。「飴の中から金太きんたさんが飛んで出る。さあ買ったり買ったり。」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
此様こんな日にゃ碌な物は書けまいが、一日抜くも残念だ。向鉢巻むこうはちまきでやッつけろ!
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
裏は御母おっかさんや、御祖母おばあさんが張物はりものをする所である。よしが洗濯をする所である。暮になると向鉢巻むこうはちまきの男がうすかついで来て、もちく所である。それから漬菜つけなに塩を振ってたるへ詰込む所である。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
平生さえ然うだったから、いわんや試験となると、宛然さながら狂人きちがいになって、手拭をねじって向鉢巻むこうはちまきばかりでは間怠まだるッこい、氷嚢を頭へのっけて、其上から頬冠ほおかむりをして、の目もずに、例の鵜呑うのみをやる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)