不尽ふじ)” の例文
旧字:不盡
万葉の中には「田子の浦ゆうちいでて見れば真白にぞ不尽ふじ高嶺たかねに雪はふりける」「わかの浦にしお満ちくればかたをなみ蘆辺あしべをさしてたづ鳴きわたる」
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
また、無名氏の反歌、「不尽ふじに降り置ける雪は六月みなづき十五日もちに消ぬればその夜降りけり」(巻三・三二〇)も佳い歌だから、此処に置いて味っていい。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
ただあの不甲斐ふがいない息子が一時も早く迷いの夢から覚めてくれれば、と思っているのだ。あの崇厳な不尽ふじの姿をみれば、少しは気持が落着いてくれるだろう。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
富士山の名は今では我国に来遊する外国人で知らぬ者もない程に有名になったが、国内に於ても昔から厚く尊崇されていたことは、かの山部宿禰赤人の不尽ふじ山を望める歌
二、三の山名について (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
あふ坂の関守せきもりにゆるされてより、秋こし山の黄葉もみぢ見過しがたく、浜千鳥の跡ふみつくる鳴海なるみがた、不尽ふじ高嶺たかねけぶり浮嶋がはら、清見が関、いそ小いその浦々
天地あめつちひらけしはじめ、成り成れる不尽ふじ高嶺たかねは、白妙のくすしき高嶺、駿河甲斐二国ふたくにかけて、八面やおもてに裾張りひろげ、裾広に根ざし固めて、常久に雪かつぐ峰、かくそそり聳やきぬれば
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
半分は江戸のものなり不尽ふじの雪 立志りゅうし
笑うてかなたの障子を開けば大空に突っ立ちあがりし万仞の不尽ふじ、夕日に紅葉なす雲になぶられて見る見る万象と共に暮れかかるけしき到るところ風雅の種なり。
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
田児たごの浦ゆうち出でて見れば真白ましろにぞ不尽ふじ高嶺たかねゆきりける 〔巻三・三一八〕 山部赤人
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
不尽ふじの山うららかなればわがこころ朗らかになりて眺め惚れて居る
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
不尽ふじの山れいろうとしてひさかたのてんの一方におはしけるかも
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
心あてに見し白雲はふもとにて思はぬ空に晴るる不尽ふじ
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ほがらかにてんすべりあがる不尽ふじの山われを忘れてわがふり仰ぐ
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
もちに消ゆる氷砂糖か不尽ふじの雪 同
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
霧しぐれ不尽ふじを見ぬ日ぞ面白き 同
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
玲瓏れいろうたり、燦爛さんらんたり、不尽ふじの山
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
不尽ふじ一つ埋み残して若葉かな
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
不尽ふじ一つうずみ残して若葉かな
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
思はぬ空に晴るる不尽ふじ
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)