一癖ひとくせ)” の例文
たまりかねて、「ねエ、運転手君。……」と背広がなくなったいきさつを全部、この一癖ひとくせありげな、運転手に話してきかせました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
ことにいずれも一癖ひとくせありそうな浪人者とばかり往来することが、心がかりでなりません。いま来た客というのも浪人組の隊長株であるとやら。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かように別れ別れの道具が皆一癖ひとくせあって、乱調にどやどやと余の双眼に飛び込んだのだから迷うのも無理はない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これも早くから一癖ひとくせあったすえの弟の米三郎と二人して江戸へ乗出し、小石川は伝通院でんずういん前の伊勢長いせちょうといえばその頃の山の手切っての名代の質商伊勢屋長兵衛方へ奉公した。
も仕つり候私しに御座候へば大概おほむねの所は御答への儀申上候はんと云に依て内記殿内心に此者の樣子を見らるゝ處一癖ひとくせあるべき奴と思はれしかばしばら思案しあんていに見えたりけり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
前なるは手に錫杖しゃくじょうをついた一癖ひとくせありげな偉丈夫いじょうふ。後ろなるは、頭に宝珠瓔珞ほうじゅようらくまとい、頂に肉髻にくけいあり、妙相端厳みょうそうたんげんほのかに円光えんこうを負うておられるは、何さま尋常人ただびとならずと見えた。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
……しかし、茶盌ちゃわんでも、あまり無疵むきず風情ふぜいがない。たれにも一癖ひとくせはあるものよ。それも凡物の大疵おおきずは困りものだが、藤吉郎ほどな男は、数ある男のうちでまず少ないうつわだろう。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、あいにく超人倶楽部クラブの会員になっていない関係上、僕は一度も話したことはありません。もっとも嘴のり上がった、一癖ひとくせあるらしい顔だけはたびたび写真でも見かけていました。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
落合には女流作家とプロレタリア作家が多いと云うけれど、いったいに一癖ひとくせある人が沢山住んでいる。私が、落合に移り住んだ頃、夏になると川添いをボッカチオか何かをうたって通る男がいた。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
私には親爺が思い違いをしたというよりは、私をあわれんで金をれたとしか思えなかった。六区をぶらつきながらも、その親爺の彫りの深い一癖ひとくせありげな面魂つらだましいが、しばらくは目のあたりを去らなかった。
朴歯の下駄 (新字新仮名) / 小山清(著)