“ぞくよう”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
俗謡43.8%
俗用18.8%
俗様12.5%
簇擁12.5%
族葉6.3%
簇葉6.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
そして秀吉のてかてかした顔が行列のながれにつつまれて通ると、横町や裏辻のほうで太鼓ばやしと俗謡(ぞくよう)の節だけが聞えた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宗助(そうすけ)は不圖(ふと)御米(およね)に此所(こゝ)へ着(つ)いた消息(せうそく)を書(か)かなければならない事(こと)に氣(き)が付(つ)いた。彼(かれ)は俗用(ぞくよう)の生(しやう)じたのを喜(よろ)こぶ如(ごと)くに、すぐ鞄(かばん)の中(なか)から卷紙(まきがみ)と封(ふう)じ袋(ぶくろ)を取(と)り出(だ)して、御米(およね)に遣(や)る手紙(てがみ)を書(か)き始(はじ)めた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
在昔(ざいせき)、徳川政府勘定所(かんじょうどころ)の例に、旗下(はたもと)の士が廩米(りんまい)を受取るとき、米何石何斗と書く米の字は、その竪棒(たてぼう)を上に通さずして俗様(ぞくよう)に※と記すべき法なるを、ある時、林大学頭より出したる受取書に
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
佩環(はいかん)のひびき玉沓(ぎょくとう)の音、簇擁(ぞくよう)して門内へ入った。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
織田氏族葉(ぞくよう)の一将校——まだ生年(しょうねん)二十六歳に過ぎない信忠に、この沈勇の処置と、臣子の道あきらかな態度のあったことは、いったい何によるものだろうか。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ヘエ・ド・ルウトの墓地の二本の水松(いちい)は特にウウル県の格別の保護を受けてゐる。一八三二年に、此の二本の水松はその簇葉(ぞくよう)で、墓地全体と会堂の一部を覆つてゐた。