“おんし”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
恩賜53.3%
恩知20.0%
御師13.3%
恩師6.7%
穏子6.7%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
士官学校を卒業する時には、恩賜(おんし)の軍刀を頂いた秀才で、殊に語学は天才的だった。支那(しな)語や、マレー語や、スペイン語なども自由に話すことが出来た。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
ロレ おゝ、罪深(つみふか)や/\! おゝ、作法知(さはふし)らず、恩知(おんし)らず! これ、卿(そなた)の罪科(ざいくわ)は國法(こくはふ)では死罪(しざい)とある、然(しか)るに慈悲深(じひぶか)い御領主(ごりゃうしゅ)が卿(そなた)の肩(かた)を持(も)ち、御法(ごはふ)を曲(ま)げ、怖(おそろ)しい死罪(しざい)の名(な)を追放(つゐはう)とは變(か)へさせられた。
此所の絶壁(ぜつへき)を竪御号(たておがう)横御号(よこおがう)といふ、里俗(りぞく)伊勢より御師(おんし)の持きたるおはらひ箱をおがうさまといふ、此絶壁(ぜつへき)の石かの箱の状(かたち)に似(に)たるをもつて斯(かく)いふなり。
その人は、竹童がぎょうてんして呼(よ)んだごとく、かれの恩師(おんし)果心居士(かしんこじ)であった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中御門(なかみかど)の北、堀川の東一丁の所にあった時平の居館の名で、当時時平は故関白(かんぱく)太政(だじょう)大臣基経(もとつね)、———昭宣公(しょうせんこう)の嫡男(ちゃくなん)として、時の帝(みかど)醍醐(だいご)帝の皇后穏子(おんし)の兄として、権威並びない地位にあった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)