めん)” の例文
それといふのが、時節柄じせつがらあつさのため、可恐おそろしわるやまひ流行はやつて、さきとほつたつじなどといふむらは、から一めん石灰いしばひだらけぢやあるまいか。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
申分の無い普請で、部屋の外、納戸なんどになつて居る板敷の長四疊には、めん籠手こて塗胴ぬりどうや、竹刀しなひなどが、物々しくも掛けてあるのです。
今までにどこか罪な想像をたくましくしたというましさもあり、まためんと向ってすぐとは云いにくい皮肉なねらいを付けた自覚もあるので
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ひとに接するとき、少し尊大ぶる悪癖があるけれども、これは彼自身の弱さをかばう鬼のめんであって、まことは弱く、とても優しい。
愛と美について (新字新仮名) / 太宰治(著)
お孃樣方だつてそんなに私のめんをいやがつてご覽になるが、あんたらのスカートの下、つつまれた大きい盛り上つた二匹のうはばみは
末野女 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
そして、やはりきよちゃんのほしいものをやらねばならぬとさとりました。で、だいじにしてっていたおめんきよちゃんにやりました。
お面とりんご (新字新仮名) / 小川未明(著)
公開堂こうかいどうの壇上、華かなる電燈の下で、満場の聴衆が喝采かっさいの内に弾きならしたはこの琴であります、またこの一めんは過ぎし日わたしが初めて
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
二人は正眼せいがんに構えたまま、どちらからも最初にしかけずに居りました。その内に多門はすきを見たのか、数馬のめんを取ろうと致しました。
三右衛門の罪 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
したには小石こいしが一めん敷詰しきづめてある。天井てんぜうたかさは中央部ちうわうぶは五しやくずんあるが。蒲鉾式かまぼこしきまるつてるので、四すみはそれより自然しぜんひくい。
火山かざん地震ぢしん安全瓣あんぜんべんだといふことわざがある。これには一めん眞理しんりがあるようにおもふ。勿論もちろん事實じじつとして火山地方かざんちほうにはけつして大地震だいぢしんおこさない。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
その翌日から、田山白雲の周囲まわりに、般若はんにゃめんを持った一人の美少年がかしずいている。それは申すまでもなく清澄の茂太郎であります。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「いかにも貴方らしい」と玄四郎は云った、「滝尾どのから聞いた柿崎六郎兵衛という人間が、ようやくめんをぬいであらわれたようだ」
先棒さきぼううしろとのこえは、まさに一しょであった。駕籠かご地上ちじょうにおろされると同時どうじに、いけめんした右手みぎてたれは、さっとばかりにはねげられた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
笠原の別荘の門を入ると、むこうのケースメントの硝子のめんに夜明けのような空明りがうつり、沈んだ陰鬱な調子をつけている。
雪間 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
めんのやうな端麗な顔の女性が杖をもつて野原を歩いてゆく時、彼女は何か小さい荷物を持つてゐたかしら、などと考へてみた。
その他もろもろ (新字旧仮名) / 片山広子(著)
けれども、男よりも女よりも、もっともっとふしぎに見えるのは、このみやこです。どの家も、破風はふが通りにめんするようにつくられています。
あたらずとも六分利付りつきそんなしといふやうなことが、可り空たのめなことながら、一めんさうの青木さんの氕持きもちつよげきした。
(旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
いわんや、父忠盛にあるこのごろの気もちや、こうして、めんとむかいあっている時信の心ぐらい、読みきれないかれではない。
千両ばこ、大福帳、かぶ、隠れみの、隠れがさ、おかめのめんなどの宝尽くしが張子紙で出来て、それをいろいろな絵具えのぐで塗り附ける。
戦争の真最中に、たつたひとり馬鹿めんをかぶつた小さな児がヒヨロ/\と出て来ました。それは勿論秀ちやんだつたのです。
泣き笑ひ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
ちょうど八月十五ばんでした。まるなおつきさまが、にも山にも一めんっていました。お百姓ひゃくしょうはおかあさんのそばへ行って、何気なにげなく
姨捨山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それは、綴錦か何かの地にめんを二つ三つ縫取りしたもので、焦茶、茶、淡茶、白というような色どりが如何にも地味すぎて、味気無く見えた。
痀女抄録 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
そして、笑うでもない、怒るでもない、まるでおめんのような無表情な顔で、クルミさんの顔を、体を、シゲシゲと見るのだ。
香水紳士 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
まためんにはかれ立派りつぱ教育けういくけ、博學はくがく多識たしきで、んでもつてゐるとまちひとふてゐるくらゐ。で、かれまちきた字引じびきとせられてゐた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
みごとに裏をかかれて、今この、刀を持った源三郎と、こうしてこの狭い部屋で、めんと顔をあわせることになってしまった。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ようや山林地帯さんりんちたい出抜でぬけると、そこはやま頂辺てっぺんで、芝草しばくさが一めんえてり、相当そうとう見晴みはらしのきくところでございました。
近くは深沈としたブリュウブラックのうしおめんに擾乱する水あさぎと白の泡沫。その上をおおきな煙突の影のみがはしってゆく。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
物をうる茶屋をもつくる、いづれの処も平一めんの雪なれば、物を煮処にるところは雪をくぼぬかをちらして火をたけば、雪のとけざる事妙なり。
と頤髯先生が、頭を下げた途端とたんに、いきなり、先生の身体は内部へ引擦ひきずりこまれてしまって、代りに、がっしりした大きなめんが、ニュッと出た。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
大佐たいさいへは、海面かいめんより數百尺すひやくしやくたか斷崖だんがいうへたてられ、まへはてしなき印度洋インドやうめんし、うしろ美麗びれいなる椰子やしはやしおほはれてる。
先刻さつきまであをかつたそらも、何時いつとはなし一めん薄曇うすぐもつて、其処そこらがきふ息苦いきぐるしく、頭脳あたまは一さうおしつけられるやうになる。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
されば、常に、水のめん、石の上に、群を成して遊べる放生ほうじょう石亀いしかめは、絶えて其の影だに無く、今争ひ捜せる人々も、目的は石亀に在りしやあきらかなりし。
東京市騒擾中の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
甚「ナニ些とも驚くこたアねえやア、二十五座の衣裳でめん這入へえってるんだ、そりゃア大変に価値ねうちのある物で、一個ひとつでもって二百両ぐれえのがあるよ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
書斎しょさいにかけこむと、庭にめんした三つの窓のうち二つが、めちゃくちゃにガラスをたたきられていて、ゆかいちめんに、ガラスの破片はへんがちらばっていた。
せ姿のめんやうすご味を帯びて、唯口許くちもとにいひ難き愛敬あいきょうあり、綿銘仙めんめいせんしまがらこまかきあわせ木綿もめんがすりの羽織は着たれどうらは定めし甲斐絹かいきなるべくや
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ほら よくそとで三本あしをたてて 望遠鏡のやうなものをのぞいては地めんや道なぞをはかつてゐる人があるだらう
そんなものを忘れたり考えて見なくなったりすると、てきめんに村の生活がさびしくなる。だからそれを思い出すことは、一つの大なる復興にもなるのである。
忘れて云ひつのりけるを段右衞門はなほ冷笑せゝわらひイヤ/\此阿魔あま幾何いくらめん大王鬼だいわうきに成ても此身に覺えの無事は然樣さうだなどゝは云れぬ者よフヽンとはなであしらうを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
と軈て牧師が男らしい聲で快活に云ふと、女で居ながら人の前で決してめんをかぶらない、其の細君は飾氣のない身ぶりで腰掛を立上つてオルガンに近づいた。
半日 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
ばけものゝ一めんきはめて雄大ゆうだい全宇宙ぜんうちう抱括はうくわつする、しかの一めんきはめて微妙びめうで、ほとんさいわたる。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
腰膚ぬいで冷水摩擦まさつをやる。日露戦争の余炎がまださめぬ頃で、めん籠手こてかついで朝稽古から帰って来る村の若者が「冷たいでしょう」と挨拶することもあった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
彼等は出来るだけ声を殺してゐたので、しぜん顔の表情も圧し潰されてめんのやうに白々しく見えたが、それだけに凄味のある、ひきつつた顔を向け合せてゐた。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
あるひは琴を弾じを描きまたは桜の枝に結び付くべき短冊たんざくに歌書けるものあり。あるひは矢を指にして楊弓ようきゅうもてあそびあるひはおかめめんかぶりて戯るるものあり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのめんが、私の眼を鏡の底に見出すと、ふいに、だが如何にも自然に、淋しい笑みを頬に浮べる……。そして見返った時にはもう、生々と血が通ってる顔だった。
溺るるもの (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
あの騙児かたりめ、上背うわぜいといい、おめんといい、男っぷりといい、——ちょいと水際だっておりますからねえ。
〔評〕某士南洲にめんして仕官しくわんもとむ。南洲曰ふ、汝俸給ほうきふ幾許いくばくを求むるやと。某曰ふ、三十圓ばかりと。
いずれも皆さまのお蔭でござります。あなた様のお力にて、江戸一ばん、心強い御贔屓さまがたのお近づきになれまして、一生のめんばれ、御恩は決して忘れませぬ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
たゞし、資本しほんは一めんいておほいに國家的こくかてきであるから國際戰爭こくさいせんさうおこり、したがつてまた國家的こくかてき社會主義者しやくわいしゆぎしやもあり、コスモポリタンにざる心理しんりはたらきがそこにる。
そこで、法師をはだかにして、ありがたい、はんにゃしんきょうの経文きょうもんを、あたまからむねどうからからあし、はては、あしのうらまで一めんすみくろぐろときつけました。
壇ノ浦の鬼火 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
おつぎは十八じふはちというても年齡としたつしたといふばかりで、んな場合ばあひたくみつくらふといふ料簡れうけんさへ苟且かりそめにもつてないほどめんおいてはにごりのない可憐かれん少女せうぢよであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)