“欲(ほ)” の例文
「字(じ)に顯(あら)はすと、些(ち)と畫(くわく)が多(おほ)い、翡翠(ひすゐ)とかいてね、お前(まへ)たち……たちぢやあ他樣(ほかさま)へ失禮(しつれい)だ……お前(まへ)なぞが欲(ほ)しがる珠(たま)とおんなじだ。」
鳥影 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
「そうじゃない。矢萩は四郎さんみたいな生命知らずを欲(ほ)しがっている。会いに行けば、きっと喜んで、身内になれと大金を積むぜ」
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
惜(お)しいけど、僕、あきらめるよ。それに、そんなもん、大して欲(ほ)しかないんだもの。銀貨の一つやそこら、あったって無(な)くったって!
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「ご好意はかたじけないが、さようなものはじぶんにとって欲(ほ)しゅうもない。持ちかえって、柴田(しばた)どのへお土産(みやげ)となさるがましです」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紅梅(こうばい)が美くしかつた。帰りに画室にお寄りしていろいろの画(ゑ)を見せて貰つた。こんな部屋が欲(ほ)しいなどゝ珈琲(こーひ)を飲みながら思つて居た。
六日間:(日記) (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
もしその人(ひと)が広(ひろ)い土地(とち)が欲(ほ)しいなら、その土地(とち)をあげましょう。もし、その人(ひと)が芸術(げいじゅつ)が好(す)きなら、いろいろの珍(めずら)しい宝(たから)をあげましょう。
三つのかぎ (新字新仮名) / 小川未明(著)
源氏の恋の万分の一も告げる時間のあるわけはない。永久の夜が欲(ほ)しいほどであるのに、逢わない時よりも恨めしい別れの時が至った。
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「欲(ほ)しいつちんだら出(だ)して遣(や)れえ」彼(かれ)はいつた。おつぎは戸棚(とだな)から煎餅(せんべい)を一枚(まい)出(だ)して與吉(よきち)へ渡(わた)した。與吉(よきち)はすつと奪(うば)ふ樣(やう)にして取(と)つた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
『金田は又来ないな。あゝハイカラになつちや駄目だ。』とテーブルの片隅から喧嘩の相手でも欲(ほ)しさうな、酔つた声が聞えた。
一月一日 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
縮(ちゞ)らせたりしない以上は髪が損はれる気遣ひも無いのであるから、出来る丈(だけ)工夫して欲(ほ)しいと日本婦人の為に自分は痛切に思ふのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
「云つて御覽、ジエィン。だが私は、たゞ祕密をきゝ出すなんてことよりは私の領地の半分が欲(ほ)しいと云つてくれた方が有難いのだが。」
「わたしはこの子をいやな子だとは言いやしない。またそれならば欲(ほ)しいとも言わない。こっちは化け物は欲しくはないのだ」
それゆえイトコ同士の結婚などはあまり褒(ほ)むべきものではなく、強健(きょうけん)な子供を欲(ほ)しいと思えば、縁類でない他の家から嫁をもらうべきである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
ヂュリ 予(わし)の骨々(ほね/″\)を其方(そなた)に與(や)っても、速(はや)う其(その)消息(しらせ)が此方(こっち)へ欲(ほ)しい。これ、どうぞ聞(き)かしてたも。なう、乳母(うば)や、乳母(うば)いなう、如何(どう)ぢゃぞいの?
ゆえにわが輩(はい)は外部に表れた男伊達(だて)の行為よりも、むしろこの行為を生み出した任侠(にんきょう)の心持が欲(ほ)しいのである。すなわち
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
あなたに預かって貰えたら、と思ったのです。口を利かずともどんな形にでも、あなたと繋(つな)がっているものが欲(ほ)しかった。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
『大變(たいへん)差支(さしつか)へるわ』と愛(あい)ちやんは急(いそ)いで云(い)つて、『卵(たまご)など狙(ねら)つちや居(ゐ)なくつてよ、そんな、そんな卵(たまご)なんて欲(ほ)しかないわ。生(なま)なもの厭(いや)なこッた』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
何々屋(なになにや)の後家(ごけ)さんが、帯(おび)を縫(ぬ)ってやったとか。酒問屋(さけとんや)の娘(むすめ)が、舞台(ぶたい)で揷(さ)した簪(かんざし)が欲(ほ)しさに、親(おや)の金(かね)を十両(りょう)持(も)ち出(だ)したとか。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
こちらの三枝さんの地所へまで目をつけて、それを欲(ほ)しがって何度も周旋人を寄こしたりして、奥さんを大へんお慍(おこ)らせになった事もありました。
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
十か二十か悉皆(みな)とは言(い)はず唯(たゞ)二枚(まい)にて伯父(おぢ)が喜(よろこ)び伯母(おば)が笑顏(ゑがほ)、三之(の)助(すけ)に雜煮(ぞうに)のはしも取(と)らさるゝと言(い)はれしを思(おも)ふにも、何(ど)うでも欲(ほ)しきは彼(あ)の金(かね)ぞ
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「おいら、何でも呉(く)れてやるぜ。あの銅(どう)の歯車(はぐるま)だって欲(ほ)しけややるよ。」けれどもポーセはだまって頭をふりました。息(いき)ばかりすうすうきこえました。
手紙 四 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
五人(ごにん)の方々(かた/″\)に私(わたし)の欲(ほ)しいと思(おも)ふ物(もの)を註文(ちゆうもん)して、それを間違(まちが)ひなく持(も)つて來(き)て下(くだ)さる方(かた)にお仕(つか)へすることに致(いた)しませう
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
本屋(ほんや)の前(まへ)を通(とほ)ると、屹度(きつと)中(なか)へ這入(はい)つて見(み)たくなつたり、中(なか)へ這入(はい)ると必(かなら)ず何(なに)か欲(ほ)しくなつたりするのは、宗助(そうすけ)から云(い)ふと、既(すで)に一昔(ひとむか)し前(まへ)の生活(せいくわつ)である。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
金は無論欲(ほ)しい。脅嚇(おどかし)も勿論利(き)く。二十万坪の内八万坪、五十三名の地主の内十九名は、売渡(うりわたし)承諾(しょうだく)の契約書(けいやくしょ)に調印してしまった。踟蹰(ちちゅう)する者もあった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
自分は奇麗にしずとも美くしいものを見、美くしい裡(なか)に生きて居たい千世子が友達に花の様な人のあって欲(ほ)しいと思ったのはそう突飛な事でもなかった。
千世子(二) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
春(はる)、美(うつく)しい花(はな)が咲(さ)くのが見(み)たく、夏(なつ)の暑(あつ)いときに涼(すゞ)しい木蔭(こかげ)が欲(ほ)しい以上(いじよう)は、庭(には)の木(き)でも、町(まち)のなみ木(き)でも、同(おな)じように可愛(かわい)がつてやらねばなりません。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
百舌(もず)には笑(わら)はれる、鶸(ひは)にも笑(わら)はれる、そのうちに雄鷄(おんどり)は餌(え)を欲(ほ)しくなりましたが、林(はやし)の中(なか)にある木(き)の實(み)や虫(むし)はみんな他(ほか)の鳥(とり)に早(はや)く拾(ひろ)はれてしまひました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
欲(ほ)しい女が思うように自分の所有(もの)にならぬためにそんなに気が欝いでいるせいか、そのころ私はちょっとしたことにもすぐ感傷的になりやすくなっていた。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「それじゃお父つあん、町へいったらついでに学用品屋で由太(よした)に王様クレヨンを買って来てやってな。十二色のが欲(ほ)しいとじっと(いつも)言っているに」
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
彼女はあらためてパパとママンになりそうな人が欲(ほ)しいと希望を持ち出した。この界隈(かいわい)に在(あ)っては総(すべ)てのことが喜劇の厳粛(げんしゅく)性をもって真面目に受け取られた。
売春婦リゼット (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と、母親(ははおや)は言(い)って聞(き)かせました。自分(じぶん)でもその鰻(うなぎ)の頭(あたま)が欲(ほ)しかったと見(み)えて、嘴(くちばし)を磨(す)りつけながら、そして
「ええ、ヴイクタアはいいわ。ずゐぶん欲(ほ)しがつてらつしやるんだから。——あたし、何(なに)にしようか知(し)ら?」
夢 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
もちろんかならずしも負ける方を助けるというのではない。私の望むのは少数とともに戦うの意地です。その精神です。それはわれわれのなかにみな欲(ほ)しい。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
自分が欲(ほ)しければ體(てい)よく然樣(さやう)申成(なる)べし何は兎もあれ五百兩借(かり)候はんとてお常が合口(あひくち)なる親類(しんるゐ)を連(つれ)て三人(にん)印形(いんぎやう)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「路(みち)遠み来じとは知れるものからに然(し)かぞ待つらむ君が目を欲(ほ)り」(巻四・七六六)の「ものからに」も同様で、おいでにならないとは承知していますのに
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
けれども、邪険(じゃけん)なクシベシは平気な顔をして、言いますには、「そんなに隠れ蓑が返して欲(ほ)しければ、返してやらぬこともないが、その代りただでは駄目(だめ)だよ」
蕗の下の神様 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
御溝を挾(はさ)んで今を盛りたる櫻の色の見て欲(ほ)しげなるに目もかけず、物思はしげに小手叉(こまぬ)きて、少しくうなだれたる頭の重げに見ゆるは、太息(といき)吐く爲にやあらん。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
かくもまた汝(な)とともに接吻(くちつ)けて接吻(くちつ)けて、接吻(くちつ)けてほのかにも泣きつつあらば、あはれ、またなにの願か身にあらむ、ああさるをなほ女、汝(な)はなにか欲(ほ)りする
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
「だッて、郁治さんとはお前は兄弟のようだし、くれさえすりゃ望んでも欲(ほ)しいくらいな娘じゃないかね」
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「昨日あなたは、縞の子猫で大きな耳をしているのが欲(ほ)しいと仰(おお)せでありましたから……このとおり、手に入れたのであります。男子の一言——でありますから」
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
もし手近(てぢ)かな例(れい)が欲(ほ)しければ、小規模(しようきぼ)ではあるけれども、浦賀海峽(うらがかいきよう)の左右(さゆう)兩岸(りようがん)を擧(あ)げることが出來(でき)る。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
彼(かれ)には悲愴(ひさう)の感(かん)の外(ほか)に、未(ま)だ一種(しゆ)の心細(こゝろぼそ)き感(かん)じが、殊(こと)に日暮(ひぐれ)よりかけて、しんみりと身(み)に泌(し)みて覺(おぼ)えた。是(これ)は麥酒(ビール)と、莨(たばこ)とが、欲(ほ)しいので有(あ)つたと彼(かれ)も終(つひ)に心着(こゝろづ)く。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「あのししは、これまでいろんな人がとろうとしましたが、どうしてもとれません。ですから、いくらあなたが欲(ほ)しいとおぼしめしても、とてもだめでございます」
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
むかしむかし夫婦者(ふうふもの)があって、永(なが)い間(あいだ)、小児(こども)が欲(ほ)しい、欲(ほ)しい、といい暮(くら)しておりましたが、やっとおかみさんの望(のぞ)みがかなって、神様(かみさま)が願(ねが)いをきいてくださいました。
『姫(ひい)さまが今回(こんかい)神社(じんじゃ)にお入(はい)りなされるにつけては、是非(ぜひ)神馬(しんめ)が一頭(とう)欲(ほ)しいと思(おも)いまするが……。』
五月も末になつてゐるのに、火鉢の欲(ほ)しいほどの時候外(はづ)れの寒さで、雨さへ終日降りつゞいた。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
其(そ)の中(うち)にどうも兵士(へいし)の通(とほ)る事は千人だか数限(かずかぎ)りなく、又(また)音楽(おんがく)が聞(きこ)えますると松火(たいまつ)を点(つ)けて参(まゐ)りますが、松火(たいまつ)をモウ些(ちと)欲(ほ)しいと存(ぞん)じましたが、どうもトツプリ日(ひ)が暮(く)れて来(く)る
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
夫(をつと)をして三井(みつゐ)、白木(しろき)、下村(しもむら)の売出(うりだ)し広告(くわうこく)の前に立たしむればこれある哉(かな)必要(ひつえう)の一器械(きかい)なり。あれが欲(ほ)しいの愬(うつた)へをなすにあらざるよりは、毫(がう)もアナタの存在を認(みと)むることなし
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
僕は一円の金を貰(もら)い、本屋へ本を買いに出かけると、なぜか一円の本を買ったことはなかった。しかし一円出しさえすれば、僕が欲(ほ)しいと思う本は手にはいるのに違いなかった。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お定はすぐ起きて、寢室(ねま)にしてゐる四疊半許りの板敷を出た。手探りに草履(ざうり)を突(つゝ)かけて、表裏の入口を開けると、厩では乾秣(やた)を欲(ほ)しがる馬の、破目板を蹴(け)る音がゴトゴトと鳴る。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)