鼈甲縁べっこうぶち)” の例文
それから金容かねいれも……ピストルも……万年筆も……時計も……今四時四分を示している。ただ鼈甲縁べっこうぶちの眼鏡と、紫檀したんのステッキがない。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
頭も鬚も半白はんぱくで、それがどちらももじゃもじゃと、まるでくさむらの様に乱れ、その真中に巨大な鼈甲縁べっこうぶちの眼鏡がキラキラと光っている。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
布袋ほてい和尚そのままの風采でいつもニコニコ、当時浅草馬道、俗に富士横町の中ほど、格子造りの平家住まい、奥の細工場に鼈甲縁べっこうぶちの眼鏡をかけて大胡坐あぐら
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
恐る恐る円道ある時、おぼさるる用途みちもやと伺いしに、塔を建てよとただ一言云われしぎり振り向きもしたまわず、鼈甲縁べっこうぶちの大きなる眼鏡めがねうちよりかすかなる眼の光りを放たれて
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
鼠色の壁の幾つかの煤けた硝子ガラス窓からは、流石さすがに強烈な日光が流れ込んで、そこらの麦稈帽や鳥打帽やあかづら鼈甲縁べっこうぶちの眼鏡やアルパカの詰襟のぼんのくぼなどが一時にくわっと燃え立って
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
鼈甲縁べっこうぶちの大きな目がね、毛皮の襟のついた厚ぼったい外套、その下から礼装用の縞ズボンがのぞいていようという、政治家めいた人物だ。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
胡麻塩ごましお頭を真黒に染めて、いつも生やしっ放しの無精髭ぶしょうひげを綺麗に剃って、チェック製黒ベロアの中折なかおれの下に、鼈甲縁べっこうぶちの紫外線除けトリック眼鏡を掛けて
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
黄色いカーテンで隠されていたが、太い鼈甲縁べっこうぶちの目がねをかけ、ベレー帽に茶色のジャンパーを着た、いやみな股野が、そこにいることが想像された。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
大きなまがい鼈甲縁べっこうぶちの眼鏡をかけているが、三人とも無言のまま大急ぎでツンボ・コートを通抜けて、広い面積に投散らしてある鉄材の切屑をグルリとまわって
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
着換えてしまってみると、右のポケットに精巧な附髭つけひげと黒い鼈甲縁べっこうぶちの色眼鏡があるのを探り当てたので、早速それを応用した。手鏡に写してみるとどうみても一流の芸術家だ。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
大きな鼈甲縁べっこうぶちの眼鏡をかけ、美しい口髭くちひげをはやし、気の利いた黒のモーニングに、流行の折鞄おりかばんという扮装いでたちのその男は、如何いかにも物慣れた調子で、支配人の前の椅子に腰を下した。
二銭銅貨 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
又或る時、やはりお祖父様に、鼈甲縁べっこうぶち折畳おりたたみ眼鏡を持って来て差上げた。
父杉山茂丸を語る (新字新仮名) / 夢野久作(著)
頭は三寸程も伸びた毛をモジャモジャと縮らせ、ピンとはねた口髭、三角型に刈込んだ顎髯あごひげ、それがずっと目の下まで密生して、顔の肌をうずめ尽している。その毛塊もうかいの真中に鼈甲縁べっこうぶちの近眼鏡がある。
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
瘠せっぽちの三好は神経質らしく、まがい鼈甲縁べっこうぶちの眼鏡をかけ直して云った。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)