“頼(らい)” の例文
「橋本と頼(らい)は幕に憚(はばか)りて斬(き)ったも尤(もっと)もなれども、飯泉(いいずみ)喜内を斬ったは無益の殺生、それはとまれ喜内を斬るほどでは、回も斬られずとも遠島は免れずと覚悟致し候」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
水戸の『大日本史』に、尾張の『類聚日本紀(るいじゅうにほんぎ)』に、あるいは頼(らい)氏の『日本外史』に、大義名分を正そうとした人たちのまいた種が深くもこの国の人々の心にきざして来たのだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
夜の祭には色々好(い)い拾ひ物がある。県祭などにも色々(いろん)な面白い夢が転がつてゐるのを聞くが、頼(らい)山陽なども、その夢を拾つた一人(にん)で、相手は何でも特殊部落の娘だつたらしいといふ事だ。
○余(よ)先年俗にいふ大和(やまと)めぐりしたるをり、半月あまり京にあそび、旧友(きういう)の画家春琴子(しゆんきんし)に就(つい)て諸名家(しよめいか)をたづねし時、鴻儒(かうじゆ)の聞(きこえ)高き頼(らい)先生(名襄、字子成、山陽と号、通称頼徳太郎)へも訪(とむら)ひ
これは彼の持物であるが、彼のおもわくを見るとあんまりいいものでもないらしく、彼は「癩(らい)」という言葉を嫌って一切「頼(らい)」に近い音(おん)までも嫌った。あとではそれを推(お)しひろめて「亮(りょう)」もいけない。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
○余(よ)先年俗にいふ大和(やまと)めぐりしたるをり、半月あまり京にあそび、旧友(きういう)の画家春琴子(しゆんきんし)に就(つい)て諸名家(しよめいか)をたづねし時、鴻儒(かうじゆ)の聞(きこえ)高き頼(らい)先生(名襄、字子成、山陽と号、通称頼徳太郎)へも訪(とむら)ひ