たつ)” の例文
待つこと一分ならざるに眼光烱々けいけいたる老人あり。たつを排して入り来り、英語にて「よく来た、まあ坐れ」と言う。勿論辜鴻銘先生なり。
北京日記抄 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
堂のたつを押さんとする時何心なく振り向けば十蔵はわが外套を肩にかけ片手にランプを持ちて事務室の前に立ちこなたをながめいたり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
紐釦ボタンが出ていてこれを踏みさえすれば、隣室に忍んでいる用心棒が私の背後のたつを排して、ニュウッと現れる仕組みになっていたのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
主題の提出をい受けて、即座に豪壮絢爛けんらんきわまる変奏曲をつけ、弾き終ると、驚き呆れるモーツァルトを尻目しりめに、たつとざして外へ出てしまった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
たつを排してまなこを射れば——黄金こがねの寝台に、位高きよそおいを今日とらして、女王のしかばねは是非なくよこたわる。アイリスと呼ぶは女王の足のあたりにこの世を捨てぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
形容すべからざる嫉妬の念が、老衰した己の筋肉の間を狂奔して、その拘攣こうれんしてゐた生活力を鞭うち起たしめた。己はたつを排して闖入しようとしたことが二十たびにも及んだだらう。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
地震ぞと叫ぶ声室の一隅いちぐうより起こるや江川と呼ぶ少年真っ先にたつを排してけいでぬ。壁の落つる音ものすごく玉突き場の方にて起これり。ためらいいし人々一斉に駆けいでたり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
無人の境におった一人坊っちが急に、あられのごとき拍手のなかに包囲された一人坊っちとなる。包囲はなかなかまぬ。演奏者がたつはいしてわがしつに入らんとする間際まぎわになおなおはげしくなった。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると爺さんも中折なかおれも急に消えて、その代り肥った吉川夫人の影法師が頭のたつを排してつかつか這入はいって来た。連想はすぐこれから行こうとする湯治場とうじばの中心点になっている清子に飛び移った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
予はたつを排して内に入りぬ。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
青天にも白日にも来り、大道の真中にても来り、衣冠束帯の折だに容赦なくたつを排して闖入ちんにふし来る、機微の際忽然こつぜんとして吾人を愧死きしせしめて、其来る所もとより知り得べからず、其去る所亦尋ね難し
人生 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)