鉢植はちうえ)” の例文
バビロン新道の宿でもその日は鉢植はちうえの菊などを用意し、主婦かみさんや少年のエドワアルが墓参りのために近くにある村の方へ出掛けようとしていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
小さな躑躅つつじ金盞花きんせんかなどの鉢植はちうえが少しずつ増えた狭い庭で、花を見降している高次郎氏の傍には、いつもささやくようなみと子夫人の姿が添って見られた。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
が、大井はこの方面には全然無感覚に出来上っていると見えて、鉢植はちうえ護謨ごむの葉を遠慮なく爪でむしりながら
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
どうか書斎の窓の撫子なでしこ鉢植はちうえに、あなたのハンカチをおかけ下さいまし、それを合図に、私は、何気なき一人の訪問者としてお邸の玄関を訪れるでございましょう。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
みんな倒れました、それがいちどきにでしたから気になって、夜の明けるのを待兼まちかねてそこらを見ますと、息子の大切にしていた鉢植はちうえ——盆栽ものが、みんなたおれている。
人魂火 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
根こぎにして引っこ抜いた鉢植はちうえの松をけという難題と同じ事だからと云ってごめんこうむります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見知らない熱帯植物のような鉢植はちうえがいくつも室内に置かれてあるのを見たからだ
鳥料理 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
カバンをげた男、店頭に置かれている鉢植はちうえ酸漿ほおずき、……あらゆるものが無限のかなたで、ひびきあい、結びつき、ひそかに、ひそかに、もっとも美しい、もっとも優しいささやきのように。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そう呶鳴どなると丘田医師はたちまち身をひるがえして、そば棕櫚しゅろ鉢植はちうえに手をかけた。彼の細腕は、五十キロもあろうと思われるその重い鉢植を軽々ともちあげて、頭上にふりかぶろうという気勢を示した。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
軽い風が時々鉢植はちうえ九花蘭きゅうからんの長い葉を動かしにきた。庭木の中でうぐいすが折々下手なさえずりを聴かせた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雄二は誕生日の前の日に、床屋とこやに行きました。鏡の前には、鉢植はちうえの白菊の花が置いてありました。それを見ると、雄二はハッとしました。何か遠い澄みわたったものが見えてくるようでした。
誕生日 (新字新仮名) / 原民喜(著)
妾なんかちょうど親の手で植付けられた鉢植はちうえのようなもので一遍植えられたが最後、誰か来て動かしてくれない以上、とても動けやしません。じっとしているだけです。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)