酷似こくじ)” の例文
それから笛吹川の驚くべき陰謀としては、例の勝見伍策が、彼に全く酷似こくじした容貌や背丈をもっているのを発見して巧く手なずけたのです。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
このすこし以前、北米テキサス州で、冬から早春にかけて、リッパア事件に酷似こくじした犯罪が連続的に行なわれたことがあった。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
灰色の繻子しゅす酷似こくじした腹、黒い南京玉ナンキンだまを想わせる眼、それかららいを病んだような、醜い節々ふしぶしかたまった脚、——蜘蛛はほとんど「悪」それ自身のように
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その時に、自分はふと、大尉がその軍服の腕をまくり上げて、腕時計を出して見ているのに気が付いた。よく見ると、その時計は、自分の時計に酷似こくじしているのである。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
他面においてイエス崇拝がバラバの犠牲の祭儀に酷似こくじしていたゆえであると考えざるを得ない。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
その骨骼こっかくといい、頭恰好といい、ひとみのいろといい、それから音声の調子といい、まったくロンブロオゾオやショオペンハウエルの規定している天才の特徴と酷似こくじしているのである。
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
今この酷似こくじせる光景に出会い、不思議な胸騒ぎを感じたのであったかも知れぬ。
江川蘭子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さながら母体を地球儀にして埋れた出産前の幼児にさえ酷似こくじしているのだ。
恋の一杯売 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
わがくにの学者はこの草を漢名の白頭翁はくとうおうだとしていたが、それはもとより誤りであった。この白頭翁はくとうおうはオキナグサに酷似こくじした別の草で、それは中国、朝鮮に産し、まったくわが日本には見ない。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
今は半分盲目めくらのその子の祖父ぢいに仕へて羨しいほど仲睦じく暮して居るといふ。自分はその子を抱いてみた。割合ませた口を利く。なるほど見れば見るほど氣味のわるいまで亡き友に酷似こくじして居る。
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
長官は少しえみを含み「そりゃもとより我々は同種族であるからその酷似こくじしているのも怪しむべきでないけれども、その山水植物等もまたよく似て居るというのは奇態である。果たしてそうですか。」
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それは花房はなぶさの声や態度が、不思議なくらい藤沢ふじさわ酷似こくじしていると云う事だった。もし離魂病りこんびょうと云うものがあるとしたならば、花房は正に藤沢の離魂体ドッペルゲンゲルとも見るべき人間だった。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
死ぬるがいいとすすめることは、断じて悪魔のささやきでないと、立証し得るうごかぬ哲理の一体系をさえ用意していた。そうして、その夜の私にとって、縊死いしは、健康の処生術に酷似こくじしていた。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
一方そう云う疑いがある所へ、君は今この汽車の中で西郷隆盛——と云いたくなければ、少くとも西郷隆盛に酷似こくじしている人間にった。それでも君には史料なるものの方が信ぜられますか。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)