誇張こちょう)” の例文
そうして都会にいたころの私はあんまり自分のぼんやりした不幸を誇張こちょうし過ぎて考えていたのではないかと疑い出したほどだった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
わたしの、ちょっとした愚行を、利江が長い間かかって誇張こちょうして吹き込んだと見えて今まではわたしを憎んでさえいるそうです。
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
吉次の誇張こちょうがいかにも滑稽に見えたので、もうこらえきれない天狗が吹き出してしまった。それをまた、つくろう為に、ほかの天狗は
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いよいよ自分の文学的生涯しょうがいも、これで幕をとじたというかんじなのである。当時の私には、そういう誇張こちょうした感情にも、ぬきさしならぬものがあった。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
しかしこれは決して嘘でも誇張こちょうですらもない。私は考える、都会の繁栄は田舎と都会との交換で、都会がすっかり田舎をだましつつ取ったからであると。
今はほとんど絶え絶えになっているのを誇張こちょうして手紙を書きながら、復一はいよいよ真剣に彼女との戦闘を開始したように感じられて、ひとりで興奮した。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これらの大力物語のいずれも誇張こちょうに違いないが、その誇張が空とぼけていて、ほほえましいものである。
大力物語 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
つまり同一の事柄を、一人は「やっつけた」と大いに誇張こちょうしていい、一人はそんなことははなはだ軽く、やっつけられたともなんとも思わぬことがしばしばある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
いまの、その三人目の男は、私の気質から云えばひどく正反対で、平凡へいぼん誇張こちょうのない男であった。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
まるで濡れた壁土のような、重苦しい黄色である。この画家には草木の色が実際そう見えたのであろうか。それとも別に好む所があって、故意ことさらこんな誇張こちょうを加えたのであろうか。
沼地 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
誇張こちょうしていえば、その時豹一の自尊心は傷ついた。また、しょんぼりした。はずかしめられたと思い、性的なものへの嫌悪けんおもこのとき種を植えつけられた。敵愾心てきがいしんは自尊心の傷からんだ。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
私の欠点を、かなり誇張こちょうして承継しているのを見ると、いやな気がするが、また私の中にかくれていた良点を誇張して示してくれると、「おれも捨てたものではない」とひそかに安心する。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
自分をいたわりたい気持と自分をしいたげたい気持が、奇怪な調和を保ちながら、私を饒舌じょうぜつにした。私は私の苦しみを誇張こちょうして天願氏に話した。誇張して語ることに、私は何か快感を感じていた。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
梅雪ばいせつ御前ごぜんにでて、入道頭にゅうどうあたまをとくいそうにふり立てて、かねて厳探中の伊那丸いなまる捕縛ほばくした顛末てんまつを、さらに誇張こちょうして報告した。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
巴里のレストラントを一軒一軒食べ歩くなら、半生かかっても全部まわれないと人は云っている。いくらか誇張こちょう的な言葉かともきこえるが、あるいは本当かもれない。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
時ならぬ時分じぶんにこれはないかと、べものなど主婦の予算以外な注文をする夫をこらしめるためには、あとでその時の費用を誇張こちょうし、また労力の超過ちょうかをしめすため、そら病気でもして見せます。
良人教育十四種 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)