訥々とつとつ)” の例文
くわをかついでいる百姓ひゃくしょう親爺おやじさんといったほうが適当であり、講義の調子も、その風貌にふさわしく、訥々とつとつとしてしぶりがちだった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
その訥々とつとつとした口調で、どうにか呑み込ませたのは、今日の昼頃から起った、笛の春日藤左衛門一家に起った出来事の顛末てんまつです。
金五郎は、訥々とつとつとした語調で、話しはじめた。しかし、その眼は、ともすると、南階段の円柱のところへ吸いつけられた。そして、とちる。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
そのあとでは彼らによく職人気質かたぎというものを話して聞かせた、砥石に向って仕事をしながら訥々とつとつとした調子で古い職人たちの逸話を語るとき
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私の訥々とつとつたる説明をきき終ると、彼は非常に情けなそうな顔になった。私は彼を慰めるのに骨を折ったほどである。
日月様 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
訥々とつとつと、痛心を吐く言葉には、どこか迫るものがあって、同じように、主家の崩壊ほうかいに立っている藤左衛門は、敵の民とはいえ、惻々そくそくと、情に於て、共に
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この歌を味うと、内容に質実的なところがあるが、声調が訥々とつとつとしていて、とおるものがすくないので、つまりは常識の発達したぐらいな感情として伝わって来る。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
訥々とつとつたる口調で、戸石君の精神の弛緩しかんを指摘し、も少し真剣にやろうじゃないか、と攻めるのだそうで、剣道三段の戸石君も大いに閉口して、私にその事を訴えた。
散華 (新字新仮名) / 太宰治(著)
赤面しながら訥々とつとつとして口籠っている私なぞには、到底歯の立とうはずもないことであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
訥々とつとつとした言葉に涙が交じって、自分のはらわたを叩きつけるように言う藤六の前に、お春も、八五郎も、平次も泣いておりました。
むしろ訥々とつとつとしていたが、ただ一生懸命に誠意を伝えようとするところが、よく相手の心をうごかした。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
訥々とつとつとして言葉は重かったが、その内容には人の胸をうつものがあった、それで玄蕃は意をうかがうように主君のほうへふりかえった。直政は満足そうに頷いて云った。
青竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一首の中に、三つも「らむ」を使って居りながら、訥々とつとつとしていて流動の響に乏しい。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
鏡花氏とは反対に、語り口は訥々とつとつとしていても、あふれるような含蓄のあったのが、酒仙といわれた大町桂月氏である。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
その声だけが、しいんとしている衆生のうえに、強く、低く、流るるように、また、訥々とつとつとして、際限のない底力をもって迫っているのが聞こえているだけであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どうにも問い詰められて致方なく云ってしまった、まことに恥じいった次第ですと訥々とつとつとして述べた。いかにもあたりまえ過ぎる言葉で、口にだして云うのはむしろおとなげ無くさえある。
一人ならじ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
およそ洋行帰りとは思えぬ野暮ったい姿で、昔乍らの秋田訛で、訥々とつとつと自己紹介をするのです。
が——しかし藤吉郎は、飽くまで誠意をおもてにあらわしていうので、相手を睥睨へいげいしたり、演舌をふるっている態度は決してない。訥々とつとつと解く真心が、熱となって、雄弁に聞えるのだった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
松助は訥々とつとつとした口ぶりで話しだした。
つばくろ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
訥々とつとつたる調子ですが、思いのほかの雄弁で、妙に聴く者の好奇心を焦立たせます。
さらに、その弁も訥々とつとつではあったが、まず、熱意をこめて
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
訥々とつとつ、素朴きわまる飛脚武士なのである。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)