蟠居ばんきょ)” の例文
足柄あしがらの箱根の山の中には数え切れぬほどの不逞ふていやからどもが蟠居ばんきょしているのだそうだ。いつ我々に対して刃向はむかって来るか分ったものではない。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
ウラル号は粛々しゅくしゅくとした大西洋を南下し、怪人集団の蟠居ばんきょする水域に近づいていった。やがて集団城塞の手前十キロメートルのところから潜航に移った。
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
このローマはだいぶ続くが、そのうちに今まで欧亜の一隅にじっと蟠居ばんきょしていた蒙古族が、むずむずと動きだす。
映画『人類の歴史』 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
まことぐずり松平の御前とは知る人ぞ知る、この東海道三河路の一角に蟠居ばんきょする街道名物の、江戸徳川宗家にとっては由々しき御一門御連枝ごれんしだったからです。
カント自身はその哲学を貫く中軸の奥に一個の存在として生きている。厨川白村の該博な知識は彼自身ではない。彼自身は別個の存在として著書堆積裏たいせきり蟠居ばんきょしている。
触覚の世界 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
だが、こういう小商人こあきんどはいい。彼等は、己の都市の美観よりも、金儲けに忙がしい。只怪しからんのは、阪神という阪急と共に梅田の東西に蟠居ばんきょしている大資本家である。
大阪を歩く (新字新仮名) / 直木三十五(著)
躑躅つつじの古株ががけ一ぱい蟠居ばんきょしている丘から、頂天だけ真白い富士が嶺を眺めさせる場所。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
塩川は、甲信に蟠居ばんきょする八ヶ岳の雲霧の滴りである。ここまで来れば深山の鮎だ。
香魚の讃 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
政宗の意中は、いつまで奥羽の辺鄙へんぴ欝々うつうつとして蟠居ばんきょしようや、時を得、機に乗じて、奥州駒おうしゅうごまひづめの下に天下を蹂躙じゅうりんしてくれよう、というのである。これが数え年で二十四の男児である。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
上川かみかわ原野を一目に見て、旭川の北方に連塁の如く蟠居ばんきょして居る。丘上おかうえは一面水晶末の様な輝々きらきらする白砂、そろ/\青葉のふちかばめかけた大きな檞樹かしわのきの間を縫うて、幾条の路がうねって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
犯人はそれをあからさまに他人にさとられることを恐れ、殊更ことさら図書室の二階か一階かとなりの事務室かに蟠居ばんきょして、その秘密を取り出すことをねらっているのではなかろうか。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
蟠居ばんきょし、関ヶ原以来は、上下の分が定まって、士分階級が二つに分れ、以後三百年来、凡庸ぼんようと雖も、門地さえ高ければ、傲然として下に臨み、下の者はいかに人材であろうとも、容易に
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)