荒砥あらと)” の例文
(ひとつ、京都でがせよう。大坂はどこの刀屋を覗いても、雑兵の持つ数物かずものばかり荒砥あらとにかけておる、イヤ邪魔をいたした)
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大体北の国には窯場が少いのでありますから、この窯も大事にされねばならぬ一つであります。附近の荒砥あらとの瀬戸山はその兄弟窯であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
荒砥あらとにかけて曲りをなおし、中心なかごにかかって一度砥屋とぎやに渡し、白研しらとぎまでしたのを、こんどはやすりを入れて中心を作る。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「今日はよきものを持ち来ぬ」とて寡婦の前に卸したり、その黒染めの古板と欠けたる両脚は、牧家数代の古机にして、角潰れ海に蜘蛛くもの網かけたる荒砥あらとすずり
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
荒砥あらとで菜切庖丁のようにいだ肌などを見ると——これは後に解ったことですが——能登のとの国から出て来たという丑松の持物で、江戸の人の眼からは、山奥の猟師か
わが恋は荒砥あらとにかけし剃刀の、逢いもせなけりゃ切れもせぬ。蛇じゃないぞえ、生殺し。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
著物きものも縫ふ、はたも織る、糸も引く、明日は氏神うじがみのお祭ぢやといふので女が出刃庖刀を荒砥あらとにかけていささか買ふてあるたいうろこを引いたり腹綿はらわたをつかみ出したりする様は思ひ出して見るほど面白い。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
荒砥あらとのような急湍きゅうたんも透徹して、水底の石は眼玉のようなのもあり、松脂やにかたまったのも沈み、琺瑯ほうろう質に光るのもある、蝶は、水を見ないで石のみを見た、石を見ないで黄羽の美しい我影を見た
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
きしりつつ、幸福を砕き去る荒砥あらとならず。
失楽 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)