舟縁ふなべり)” の例文
舟が静に水の上を滑った時、女は舟縁ふなべりから白い手を出して冷たい水の面を指先で掻いている、そして男の方へ向ってそっと微笑んだ。
湖水と彼等 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それもきわめて古風な舟で、舟縁ふなべりに彫刻が施してある。真鍮しんちゅうの金具、青羅紗の薄縁うすべり、やはり非常に独創的である。薬草道人の使用舟であろう。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのかげの小さき苫舟、いよいよに霜の凍りて、こまごまと霜の凍りて、舟縁ふなべりも苫も真白く、櫓も梶も絶えて真白し。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
猫回ねこがえりに、舟縁ふなべりを越えて、時ならぬ水音、ザアーッと、一面の飛沫しぶきに、川面かわもを夕立のようにさせた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
子供のおりのように、舟縁ふなべりあごをもたして、過ぎてゆく水をながめる。稲妻のように飛び去ってゆく、不思議な生物の輝きが見える……またほかのが、次にまた他のが……。
櫓の手を止めた音次郎は、滅入るやうな淋しさと、燒きつくやうな焦燥せうさうと、全く違つた二つの感情にさいなまれて、舟縁ふなべりに危ふくすがりついてゐる、お京の側へ膝を突きました。
かいがしわる時、しずく舟縁ふなべりしたたる時、ぐ人の手の動く時ごとに吾が命を刻まるるように思ったであろう。白きひげを胸まで垂れてゆるやかに黒の法衣ほうえまとえる人がよろめきながら舟から上る。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
中程に何か積んで蓆を被せられて、流れのない汚水の上に舟縁ふなべり低く繋ぎ捨てられている。それでも時々位置は変っていた。
溺るるもの (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そのかげの小さき苫舟、いよいよに霜のこごりて、こまごまと霜のこごりて、舟縁ふなべりも苫も真白く櫓も梶も絶えて真白し。
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
あなあはれの柳、あなあはれかかりの小舟、寂しとも寂しとも見れ。折からや苫をはね出て、舟縁ふなべりの霜にそびえて、この朝のあか鶏冠とさかの雄のかけが、早やかうかうと啼きけるかも。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)