膝行しっこう)” の例文
犬殺しは遠くの方から、怖る怖る地上へ膝行しっこうして集まった人たちを仰ぎ見ることをしないで、犬の方へばかり近寄って行きました。
灯が、障子に近々と揺れると、右京の背後から、二人の腰元が、燭台しょくだいささげて、入ってきた。そのすその下を右京は、二、三尺膝行しっこうすると、平伏して
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「白」と声をかくるより早く、土足どそくで座敷に飛び上り、膝行しっこう匍匐ほふくして、忽ち例の放尿をやって、旧主人に恥をかゝした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
金之助は膝行しっこうして盃を受けた。侍していた少年が銚子ちょうしで酌をした、——康継は別の盃を取りながら、少年に座を去れと命じ、金之助と二人きりになった。
落ち梅記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、その前に膝行しっこうして、おさかずきを頂戴いたしていた、六波羅探題より附けられて来た、軍監の大野信濃守が
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
膝行しっこうして進む。侍女等、姿見を卓子テエプルの上に据え、錦の蔽をひらく。侍女等、卓子の端の一方に集る。)
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その案内に従い茶席におそるおそるにじり入るのであるが、入席したらまず第一に、かまの前に至り炉ならびに釜をつくづくと拝見して歎息をもらし、それから床の間の前に膝行しっこうして
不審庵 (新字新仮名) / 太宰治(著)
三百の諸侯を膝行しっこうせしめ、敢て仰ぎ見る能わざらしむる徳川征夷大将軍も、一の骸骨に過ぎず。要言すれば彼らの眼中には、幕府なし。幕府は少くとも彼らの心意的印象のうちに滅びたり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そして、その中の一人が押し出されるように膝行しっこうして進んで来た。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
隣室に詰めていた蜈蚣衆、その頭領の琢磨たくま小次郎が、黒小袖に黒頭巾、黒の鼻緒の草鞋わらじ穿き、黒の伊賀ばかまに黒手甲てっこう、眼だけ頭巾の隙から出し、膝行しっこうして末座へ平伏した。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
が、ただここに、あらゆる罪科、一切の制裁のうちに、わたくしが最も苦痛を感ずるのは、この革鞄と、袖と、令嬢とともに、わたくしが連れられて、膝行しっこうして当日の婿君の前に参る事です。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三之丞は膝行しっこうして拝領した。珍しくも、その時三之丞の眼には涙が光っていた。
備前名弓伝 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
熊太郎は側の大刀を取り、左の手に持ち膝行しっこうし、襖ぎわに寄るとソロリと開けた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二度まで促されて膝行しっこうする丹後守に、家綱は持っていた一本の矢をわたした。
日本婦道記:箭竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
代二郎は人々のあいだを静かに膝行しっこうし、席次どおりの位置で頭をあげた。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
宮家の前へ膝行しっこうし、おずおずした声で口上を述べた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)