練兵場れんぺいじょう)” の例文
身を投じた紫玉の助かつて居たのは、霊沢金水れいたくこんすいの、巌窟がんくつの奥である。うしろは五十万坪ととなふる練兵場れんぺいじょう
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
寺林というのは今は練兵場れんぺいじょうの北のはじになっていますが野原の中でいちばん奇麗きれいところでした。
二人の役人 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
余等は市街を出ぬけ、石狩川を渡り、近文のアイヌ部落を遠目に見て、第七師団の練兵場れんぺいじょうを横ぎり、車を下りて春光台しゅんこうだいに上った。春光台は江戸川を除いた旭川のこうだいである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
足下あしもとには、広いしろ玩具おもちゃのように小さくなって、一足ひとあしまたげそうでした。にわもり城壁じょうへきほりなどが、一目ひとめに見て取れて、練兵場れんぺいじょう兵士へいしたちが、あり行列ぎょうれつくらいにしか思われませんでした。
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
寺は青山練兵場れんぺいじょうを横切って兵営の裏手なる千駄せんだの一隅に残っていたが、堂宇は見るかげもなく改築せられ、境内狭しと建てられた貸家かしやに、松は愚か庭らしい閑地あきちさえ見当らなかった。
野原は今は練兵場れんぺいじょうあわはたけ苗圃なえばたけなどになってそれでも騎兵きへいの馬が光ったり、白いシャツの人がはたらいたり、汽車で通ってもなかなか奇麗きれいですけれども、前はまだまだ立派でした。
二人の役人 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)