精神こゝろ)” の例文
そして先生様の後姿をお見上げ申すとネ、精神こゝろ鞏固しつかりして、かごを出た鳥とは、此のことであらうと飛び立つ様に思ひましたよ——
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ふるへるやうな冷い風に吹かれて、寒威さむさ抵抗てむかひする力が全身に満ちあふれると同時に、丑松はまた精神こゝろ内部なかの方でもすこし勇気を回復した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
氏の事業は門下生や多くの座員によつて継続されるだらうが、氏の精神こゝろの、霊魂たましひの、そしてまた愛の跡継は松井須磨子でなくてはならない。
京都きやうやら奈良の堂塔を写しとりたるものもあり、此等は悉皆みんな汝に預くる、見たらば何かの足しにもなろ、と自己おの精神こゝろを籠めたるものを惜気もなしに譲りあたふる
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
三四郎は画室へみちびかれた時、かすみなかへ這入つた様な気がした。丸卓まるテーブルひぢたして、此しづかさのまささかひに、はばかりなき精神こゝろを溺れしめた。此しづかさのうちに、美禰子がゐる。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
到頭四十銭を取出して、ほしいと思ふ其本を買求めた。なけなしの金とはいひながら、精神こゝろの慾には替へられなかつたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
一枚の図をひく時には一心の誠を其に注ぎ、五尺の身体こそ犬鳴き鶏歌ひ權兵衞が家に吉慶よろこびあれば木工右衞門もくゑもんが所に悲哀かなしみある俗世に在りもすれ、精神こゝろは紛たる因縁にられで必死とばかり勤め励めば
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
独り精神こゝろ苦闘たゝかひを続けたのは丑松で、蓮太郎が残して行つた新しい刺激は書いたものを読むにもまさ懊悩あうなうを与へたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
其日A君が興奮した精神こゝろ状態ありさまにあることを私はその力のある話振で知つた。朝日が寒い山の陰へあたつて來た。A君は高い響けるやうな聲を出して笑つた。
伊豆の旅 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)