生地きぢ)” の例文
笑ひながら店先へ腰を掛けたのは四十二三の痩せぎすの男で、縞の着物に縞の羽織を着て、だれの眼にも生地きぢ堅氣かたぎとみえる町人風であつた。
半七捕物帳:01 お文の魂 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
英詩人野口米次郎氏の頭の天辺てつぺんはやくから馬鈴薯じやがいものやうな生地きぢを出しかけてゐた。氏は無気味さうに一寸それに触つてみて
變つたやうに見えても人間の生地きぢ——本質は變らない、などといふことぢやない、矢張生き方を云ふんだ。彼の變化は僕の變化とはまるでちがふ。
続生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
情熱と空想の世界にゐらつしやる時が一番先生の生地きぢに近い時だと思ひます。あの「悧巧」が顔を出すといやです。
S先生に (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
頬紅ほゝべにを赤くつけてゐると思つたのは、さうではなくて、生地きぢからの頬の赤さで如何いかにも山間の女らしく見えた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
而して渋くて苦い珈琲末は心の心、霊魂の生地きぢ。匙は感覚。凡て溶かして掻き廻す観相の余裕ゆとりから初めてとりあつめた哀楽のかげひなたが軟かな思の吐息となつてたちのぼる。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
嫁入よめいつたは三年さんねんまへ其當座そのたうざごくなかもよう御座ございましたし雙方さうはう苦情くじやうかつたので御座ございますけれど、れるといふはことわることで、おたがわがまゝの生地きぢまゐります
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
前齒を二本拔いて、眼へ紅を差した上、眉と額の毛を拔いて、すゝで顏を染めて居りましたが、丁寧に拭いて見ると、下から生地きぢの美しさが現はれて後光ごくわうの射すやうな娘に變つて了ひました。
つくろツた處で、何處にか昔の生地きぢが出るものだ。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
それは何と云つていいかわからないが、兎も角、人間の生地きぢからそのまま來るものであることが第一に感じられた。
続生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
ところが、須磨子はこゝから滑り落ちた。これまでの芸術家から、生地きぢの女にかへつて。
水仕事などに忙しくて、顏容かほかたちをつくろふひまもないらしく、いかにも生れた生地きぢのまゝで、それに白粉も紅も知らぬ肌は小麥色を通り越して、赤黒い方に近く、いかにも見すぼらしい娘です。
麦の穂をすうつと緑でいてあるなんと素朴な生地きぢの木の鉢
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)