“沸(た)” の例文
僕は井筒屋の風呂(ふろ)を貰(もら)っていたが、雨が降ったり、あまり涼しかったりする日は沸(た)たないので、自然近処の銭湯に行くことになった。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
沸(た)ぎらせてゐたつばめ太夫といふ、若くて綺麗なのが蜀紅(しよくかう)錦の肩衣(かたぎぬ)で、いきなり天井から落ちて來て、あつしに噛り付いたとしたらどんなものです
鉄瓶の湯は煮え沸(た)ぎって、火は何時しか消えてしまった。太吉は笛と小刀とを下に置いて家の外に出て見た。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
沸(た)ぎる火の闇に詮(せん)なく消ゆるあとより又沸ぎる火が立ち騰(のぼ)る。深き夜を焦せとばかり煮え返る燄(ほのお)の声は、地にわめく人の叫びを小癪(こしゃく)なりとて空一面に鳴り渡る。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私の郷里は正確にいうと愛知県幡豆(はず)郡横須賀村であるが通称「吉良郷」と呼ばれ、後年この土地に任侠(にんきょう)の気風が汪然(おうぜん)として沸(た)ぎりたったのも、彼等が尊敬措(お)く能(あた)わざる領主
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
「さあ、お湯も沸(た)ちますから、坐っておくんなさいよ——御相談があるんだからさ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
舟板に二、三枚重ねて敷いた座蒲團の上に胡座(あぐら)して傍らの七輪に沸(た)ぎる鉄瓶の松籟(しょうらい)を聞くともなしに耳にしながら、艫(ろ)(とも・へさき)にならんだ竿先に見入る雅境は昔から江戸ッ子が愛好してきた。
寒鮒 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
そして煎薬(せんやく)を自分で沸(た)てて来て
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
沸(た)ぎる鉛は啣むとも
この日 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
六畳の室には電燈が吊下(つるさが)っていて、下の火鉢に火が熾(さかん)に起きている。鉄瓶には湯が煮え沸(た)っていた。小さな机兼食卓の上には、鞄の中から、出された外国の小説と旅行案内と新聞が載っている。
渋温泉の秋 (新字新仮名) / 小川未明(著)