気鬱きうつ)” の例文
旧字:氣鬱
「正成はただではない。……清忠も言ったな、気鬱きうつしょうだと。……おそらくはひどい気鬱なのだろう。しばらく病養を命じおくがいい」
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つづいて父親を癒して貰ったという、越後屋のせがれ、女房の気鬱きうつが治った小梅の百姓小兵衛、等々、なんの不思議もありません。
しかも一方ではN家の主人などが、私の気鬱きうつの原因を独身生活の影響だとでも感違いをしたのでございましょう。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その校長の子は今日その遊び仲間を振り切つて帰つて来た。何となしに起るはかない気鬱きうつと、下腹に感ずる鈍い疼痛とうつうとがやむを得ずその決心に到らしめたのである。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
けれどそれをそのままうちの中に閉じこめておけば、今度は気鬱きうつと空気の悪いために死ぬかもしれない。
毎夜々々湯を召すさえ物憂く見えたまえば、気鬱きうつ疾病やまい引出ひきいだしたまわむ、何か心遣こころやりすべは無きかとこうべを悩ます三太夫、飛んでで、歓迎よろこびむかえ、綾子の居間に案内せり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この夏以来の気鬱きうつも一度に晴れて、彼の胸は今夜の大空のように明るく澄み渡ってきた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「御気鬱きうつのせつは、いつなりとござれ。このつぎには弾語りをご馳走ちそうしよう」
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
よいか? 金銭の取りあつかいには気をつけるのですよ。借りても駄目。貸しても駄目。つぎに飲酒。適度に行え。けれども必ず、ひとりで飲むな。ひとりの飲酒は妄想もうそうの発端、気鬱きうつの拍車。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
夏もさ中にかかりながらわたくしは何となく気鬱きうつ加減で書斎に床は敷かずまくらだけつけて横になっていた。わたくしにしては珍らしいことであった。その枕の耳へ玄関からこの声が聞えて来た。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と同時に、今までの妙な気鬱きうつが、すうっと散じてしまったようであった。
空中漂流一週間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「夜も昼も、読書に没頭しておる様子。多少、気鬱きうつもあろうが、若い頃には、わしにも覚えがある。ッとけ、抛ッとけ」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
愛情は憎悪ぞうおに変ったなんて、ひとりでひがんで悲壮がっているような人なんだから、こんどはまた、ぐっと趣向を変えて、先王が死に、嗣子のハムレットはその悲しみに堪え得ず気鬱きうつ、発狂。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
考え込んでいるといった、世にいう気鬱きうつこうじた症状だったのです。
「聞かぬがおよろしかろう。すでに正成は、気鬱きうつおもしとあって、御陣簿ごじんぼからのぞかれ、閉居を命ぜられておる」
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
例の闘鶏師とりしどもの執念ぶかい脅喝きょうかつやらに、ひどい気鬱きうつかかられたらしく、公儀の呼び出し状をうけた当日、武島町の一室で、自刃めされたという話、平岡様からしかと聞いたが
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「又四郎、これで心地が、すっぱりしたであろう。気鬱きうつのときは、大声を出すが妙薬である。これからも、何か鬱したら、あのような声を天に向って吐き、胸は、そっと撫でておけよ」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なにさま、其許そこ奏上そうじょうを伺っておると、其許は時局を思い病む余り、ちと気鬱きうつの症にかかっておられるようだ……。いたずらに、病者の進言などは、おそおおい。むしろお耳わずらわしかろうぞ」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「人のことばのごとく、これはちと、自分の気鬱きうつ気味か」
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)